メシヤ講座no.182岡山(平成28年3月)

<今月の御教え>

『開教の辞』(昭和二十五年三月十一日)

本文は『天国の福音書続篇(三)入門と奥座敷』55ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 岡山支部】

 

『主神様』に対する神観を明確に

楳木代表

さて、本日『開教の辞』として『世界救世(メシヤ)教の誕生に就て』を拝読させていただきました。ここに記されておりますように、昭和22年の8月30日に宗教法人として創立された「日本観音教団」と、昭和23年10月30日同じく創立された「日本五六七教会」が、昭和25年2月4日に一つになったという事であります。

で、3月3日のメシヤ降誕本祝典に御参拝された方には、このそれぞれの教団の教義について説明させていただきました。この二つの教団はそれぞれ教義を持ってですね、御神業を進められていたのですけれども、その教義のですね、主体は何かと言いますと『主神様』に対する概念であります。

過去、東方之光教団に所属されていた人達は、「経綸」ということを何度も聞かれてきたと思いますけれども、この「経綸」という言葉は、本来、主神様の『経綸』以外語れないことなのです。ところが、人間に都合の良い「経綸」としてですね、「今の経綸は・・・」とかいうような言い方をしてきました。

しかし、過去のこの二つのですね、「天国会」と「五六七会」、この代表者達は、この一切を主宰されている主宰神をずうっと求めて、そして、メシヤ様というところに繋がってきた訳であります。こうして両会が神観をずうっと確立していく中で、昭和25年2月4日に、メシヤ様が『世界救世(メシヤ)教』を開教されて、そして『世界救世(メシヤ)教教義』を創られたということであります。

こういう関係が分かっておかないとですね、それぞれの教団のトップが色々話すことの真偽を見抜くという言い方はおかしいのですけれども・・・キチリと判断することが出来ないところがありますので、その二つの教義を持って置きたいという方は支部の方へ御願いされてですね、印刷して見ていただきたいというふうに思います。

 

重力波について考える

楳木代表

それから、いつもはですね、世界の重大な発表は、この岡山支部の月次祭の前日か、前々日くらいに発表になっていたのですけれど、先月だけはちょっと遅れまして、三重支部の月次祭の朝になりまして・・・これは、アメリカの方で発表が遅れてしまったので、重力波の発表が三重支部の時に発表になりました。

その為に、『世界救世(メシヤ)教教義』をですね、理解する上に於いて、主宰神の『主之大御神様』という御存在についてですね、より一層理解できる内容でしたが・・・その重力波がそういう内容であったと思いますので、改めてもう一度確認させていただきます。約13億年前にですね、宇宙の彼方で二つのブラックホールが合体して、その時に生じた重力波が13億年掛かってですね、昨年の9月にこの地球に到達しました。その到達したことを、アメリカの研究者達が観測をしてですね、そして「これは間違いない」という確認を取って、2月に発表した訳であります。

この重力波を観測するということは、正にですね、宇宙の広さということが、より一層数字で確認できることであろうかと思います。

『抑々、世界の創造主たる主之大御神(ヱホバ)は、此地上に天国を樹立すべく、太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずる』

という、この『太初』ということを、『太初より経綸を行はせ給いつつある事を吾等は信ずる』という、この『太初』とは一体何かというと大きく分けて二つあります。

一つの『太初』は、科学的にいくと約138億年前にビッグバンによって宇宙が誕生して、この宇宙というのは光の速度で拡大しておりますので、138億×365×24×60×60×30万km(地球の1周の距離×7.5)ということになります。それが大体宇宙の半径でありますので・・・。しかし、今その半径を説明しても、数秒間の内に地球の周囲の7.5倍×何秒というスピードで宇宙は広がっておりますので、「主神様の御肉体・・・」とお話をした段階で、この“御肉体”はさらに広がりつつありますので、私達の祈りの対象である『主神様』というふうに御神名をお唱えした瞬間に、もう『主神様』は大きい存在に変わられているというぐらい、私達の想念界はそのように広がりつつあるということであります。この認識を、お互いにですね、持てた方々がメシヤ様に従って、『世界救世(メシヤ)教』を共々に開教してですね、御神業に臨み続けたという事であります。そういう方々が御昇天までは支えて来られた訳です・・・。しかし、御昇天と共にですね、その神観が揺らいでいるために御神業が遅れてきているのと、地上天国が未だにですね、建設出来てない状態にあります。

 

『世界救世(メシヤ)教教義』の具体論とは

楳木代表

ですから、本日拝読をさせていただいた『開教の辞』と、先月拝読をさせていただきました『世界救世(メシヤ)教教義』というのは、何度も何度も・・・『世界救世(メシヤ)教教義』は月次祭の時に必ず拝読させていただいておりますので、その都度、自分の中の覚りを拡げていただきたいと思います。

その覚りが拡がった分ですね、メシヤ様の御光が更に強まってきて、皆さん方が取り次ぐ浄霊というのは一層強化されていきます。その浄霊が強化された分、大勢の方々を救うことが出来ますので、どうかその想念界のですね、拡がり、高まりというものを絶えず確立していただきたいと思います。その拠り所がこの『開教の辞』と『世界救世(メシヤ)教教義』というふうに、そのように解釈して頂きたいと思います。

それから、もう一つはですね、『世界救世(メシヤ)教教義』の内、岡山で説明不足であった点はですね、

『之に対して人間を神の代行者とされ給うと共に、一切万有は人間の為に造られたものである』

という文言は、これはですね、『天国的生活』の拠り所と願って題名をつけた御教えが一番後ろの方に載っております。ページ数はですね、109ページです。この『天国的生活』の中に書かれております、

『花鳥風月も、百鳥の声も、山水の美も、悉(ミナ)神が自分を慰めて下さるものであるように思われ、衣食住も深き恵みと感謝され、人間は固より鳥獣虫魚草木の末に到るまで親しみを感ずるようになる。之が法悦の境地であって何事も人事を尽して後は神仏に御任せするといふ心境にならなければならないのである。』

という、この境地というのがですね、実は、『一切万有は人間の為に造られたものである』訳なので、それを味わう時に、このような境地になるということであります。『世界救世(メシヤ)教 教義』の具体論がこの『天国的生活』に入ってくるという、こういう繋がりで、御教えを拝読していただけると大変ありがたいと思います。

 

地上天国建設に薬毒排除は不可欠

楳木代表

そうしたことが実は天国人になっていくということでありますので、自分自身が天国人になっていかない限りですね、自分の霊線に繋がる人が天国人になるということは出来ません。しかも、この天国人になるためのですね、不可欠要素の一つはですね、霊性が高まっていくということですし、その霊性が高まることを止めているものが『夜の時代』の癖ですし、この『夜の時代』の癖を形成しているものが“薬毒”であります。

ですから、地上天国を建設していくためには、この“薬毒”を排除していかないといけないのですけれども、今、東方之光教団の間違った経綸の捉え方と説明によってですね、“薬毒”を入れつつ浄霊をするというようなことを打ち出しております。これでは地上天国建設は不可能な訳であります。

折角、メシヤ様のお弟子として繋がっておきながらですね、地上天国建設を不可能な形に皆を導いていっているというところを、こうした御教えを拝読しながらですね、気付いていただかなければ・・・、まずメシヤ様の弟子が気付いていって、それを改めていくという取組みを進めないといけないので、それでどうしてもですね、私の口調も他教団を批判するような、そんなような言葉使いになって大変心苦しいのですけれども・・・。まずは、折角メシヤ様にお繋がりされた方々に気付いていただかなければいけないという事であります。

実は、昨日本部を出る時にですね、今年は驚異的なことが起きました。それは一昨年植えた桜に花が咲いてですね、こんなに早く咲くということはありえないことなのですけれども、地球自体の今の気象状況が非常に変化している、そういうことの象徴かと思います。

この気象の変化というのはですね、実は善言讃詞の、『五風十雨の不順序(クルイ)無く』という方向に進まないといけないのですけれども、大きく今狂っております。これはやはり、まずメシヤ様と繋がり終えた私達が天国人になって、そして私達の霊線に繋がる人達がさらに天国人になっていくという取り組みを拡げていかない限りですね、こうした『五風十雨の不順序(クルイ)無く』という、そういう、まず地球の中の日本が、そういう状態になっていくことは不可能であろうかと思います。どうか、これからより一層ですね、皆様方の心をそういうところに持っていただいて、お取り組みいただきたいというふうに思います。

 

仮面を脱いでメシヤという御存在に

楳木代表

そして、『開教の辞』にもう一度戻りますけれども、この『世界救世(メシヤ)教』の創立出現というのは5行目に、

『勿論神の深き御旨に由るのであって、人間の意図でない事は今更言うまでもない、何時も吾等が唱える処の、霊界に於ける夜昼転換の時期に愈よ入ったからである、之も吾等が常に言う処の仏教の救いは夜の期間中であるから夜の消滅と共に観世音菩薩の御救いの転移進展となるので、一言にして言えば仏滅を意味するのである、従而、観世音菩薩の御働きも救世主(メシヤ)のそれとなるのは勿論である、即ち化身仏であらせられた観世音菩薩は茲に仮面を脱いで、御本体である神の御働きとなり給うのである。』

ここはですね、『文明の創造』を拝読しないと十分理解できないところであります。ですから、私達は先々月までですね、『文明の創造』を全て拝読して、一つ一つ確認をさせていただきながら今日を迎えましたので、それで、この今拝読させていただいた内容が十分お分かりになられたことと思います。そして、このメシヤ様という御働きになるというのは、『化身仏であらせられた観世音菩薩は茲に仮面を脱いで』ということであります。

そして、『御本体である神の御働きとなり給うのである。』・・・で、観音様の方が柔らかいですので、どうしても観音様という所に私達の心というのはですね、奪われがちなのですけれども、メシヤ様という御存在に、本来の御存在になった訳ですので、そうしたことを十分認識をさせていただいて、真の救いの行使をですね、共々にさせていただきたいというふうに思います。

 

浄化作用の捉え方について

楳木代表

そしてその次にですね、

『霊界が昼となる以上、之が現界に移写するに於ては、夜の文化は当然不用なものは滅び有用な物のみが残る事となるのは当然である、それのみではない、長年月に渉る暗黒時代によって人類の罪穢の少なからず堆積せる以上、それの清掃作用が行はれなくてはならない』

この『清掃作用が行はれなくてはならない』ということが、私達の上に起きてくる現在の浄化であります。この浄化というのは、ここに照らして考えていかないと浄化の捉え方が間違っていきます。『夜の時代』の癖でですね、浄化作用を捉えていくと、浄化は恐ろしいもの、怖いもの、嫌なものというふうになってしまいますけれども、『夜昼転換』の上で浄化作用を捉えていくと大変ありがたいものである、と。感謝で受け止めさせていただけるし、前向きに受け止めることが出来ますので・・・。

幸い、この度3月3日にですね、岡山支部を代表して体験報告をしていただいた真症癌のご報告もここに照らしていけばですね、『夜の時代』に堆積した罪穢の清掃作用なのだというふうに受け止めていけば、自分がですね、遡っていける年数というのは、現在から生まれたところまで遡っていけます。

 

自分の前世を類推して・・・

楳木代表

そして、60を過ぎるとですね、○○さんもちょうど60を過ぎての発表だったので大変良かったのですけれども、60を過ぎると前世のことが少しずつ分かってきます・・・。もう60を遥かに過ぎた人は、よっぽど前世のことが分かったと思うのですけれど・・・。また時期があればそういう前世のことを聞かせていただきたいと思うのですが・・・。前世のことがどうやって分かるかと言えばですね、男の場合は、手のこぶしを握った時にですね、刀の柄を握った時の感触が甦ったりですね、それから大工であった場合は金槌とか木槌のですね、あの柄を持った感覚が甦ったりとかというのが、60を過ぎると段々起きてきます。

そのことを類推しながら、前世はどんな仕事をしていたとか、どういう立場にいたとかというのが、段々分かってきます。しかし、考えないと分らないので、いつも求めていかないと分らない部分がありますけれども、60を過ぎたらですね、そういう境地に少しずつ入りながら、人を救っていただきたいと思います。そういうことばっかり考えていくとですね、ノイローゼになっていきますので・・・(爆笑)・・・考えつつ人を救わないといけない。

人を救うとですね、人の人生に関わっていきますので、その人生を見つめながら自分のですね、前世を見つめていくということをしていかないと、真に自分の人生というものを見つめていくことにはなりません。ただ前世のことばっかりを求めてですね、占い師の所を歩き回ったり、そんなことをしていると頭の中がおかしくなっていきますので・・・。そういうものではなくて、実体験に基づいてですね、人の人生に関わって、人を救わせていただきながら、自分の前世などを見ていくという、これがですね、御神業に、お世話をしながら取り組む一番の皆様方のですね、恩恵になって行きます。人も救われるし、自分の人生を見つめることができるし、前世を見つめることが出来ますので、是非、時々は手を握ったりしてみて下さい。女の人でも前世男だった可能性がある訳ですので・・・。

それから、こぶしに何か痛みが出たら、相当人を殴ったりしている(爆笑)ということもあるわけですし、探ろうと思えばいくらでも・・・自分の中に残っているものがありますので、そういうことで・・・しかし、割合を考えてみて下さいね。前世のことを考えるのが5割以上あると、これは病気になっていきます。お世話を5割以上しておいて下さい。あの人をどうやったら救えるかなぁ、あのご家庭をどうやったら救えるかなぁ、ということを5割以上思っておいていただきたいと思います。それ無しで「前世どうだったかしら」と、こんなことばっかりやっていると、これはですね、ぶら下り健康器具を持っていた方がずうっと健康のためにはいいですので、その辺の割合を十分考えて生活をしていただきたいと思います。

そして、何か閃いたら、必ずですね、支部か出張所に電話なりして話していただいて、「私、こんなことを考えたのですけれど、御教えに照らしてどうでしょうか」というようなことで、御教えに絶えず照らして、次は考えてみて下さい。そういうことを、させていただきたいと思います。

 

癌の場合の対応策

楳木代表

それから癌の場合、真症癌はそこから来ておりますので、そっちを改めていかない限り、全てを解決するという事には繋がっていきません。それから御教えに於ける擬似癌の場合はですね、現世の薬毒と、それから生活の中で関わってくる化学物質が大きく関係してきますので、擬似癌の場合はそちらを改善していかないといけないので、少なくとも浄霊をいただきつつですね、生活上使っているものを全てチェックしていって、癌の原因になるものを排除していくような生活をしていかないといけないところがあります。それもですね、一つ一つ気になることがあったら、支部、出張所へ尋ねながら、「これは大丈夫でしょうか」と、いつもチェックしながら修正しつつ進んでいただきたいと思います。

そうしたことが、この『夜の文化は当然不用なものは滅び有用な物のみが残る』という、こういうことに繋がっていきます。

 

『メシヤ様』御出現の理由

楳木代表

それから「善言讃詞」をですね、メシヤ様御昇天後ですね、「多寶佛塔」というところを「神殿玉楼」と書き変えた人達は、実はこのことが分かってなかったということです。『不用なものは滅び有用な物のみが残る』ということですので、「多寶佛塔」は当然残っていく訳なのです。

それは仏教美術の粋ですから・・・。しかも、建築技術の粋がああいう形で残っていく訳ですので、『夜の文化』の中でも有用なものに属するという判断が出来れば、ああいう書き変えはしなかったということであります。そういうふうに一つ一つ、こうした御教えに照らしてですね、今まで色々語り合った内容というものをチェックしていただければ、大変ありがたいというふうに思います。

そしてですね、有用な物が残って不用なものは滅びていくということになると、非常に厳しい状態になるので、57ページのですね、

『然し乍ら右は止むを得ないとしても神の恩恵は、一人でも多く滅ぶるものを救はせ給はんとして、神の代行者を選び救世の大業を行はせ給うのである、又その使命達成の機関として運用されるのが本教であるから、本教の使命たるや実に大なりというべきである、此意味に於て愈よ切迫せる最後の時期に当っての活動こそ括目すべきものがあらう、其結果吾の唱導する地上天国こそ最後の目標でなければならないのである。』

このことが、メシヤ様の御出現の理由でありますし、私達がそのメシヤ様に繋がって、そして今、御神業として臨ませていただこうというのは、最後の目標である地上天国を建設するためにあるのだということです。

 

病貧争絶無のために精進邁進する

楳木代表

ですから、『世界救世(メシヤ)教教義』の最後にですね、

『病貧争を根絶し、真善美の完き恒久平和の理想世界実現を目標として精進邁進せん事を期するものである。』

というのは、このことがあるので、そこに私達は「精進邁進する」ということです。「精進邁進する」ということはどういうことかと言うと、「病貧争」を根絶する訳ですから、先月もお話しましたように、“病気”になる可能性のあるものを無くして行かないといけないので、買い物の、取り分けですね、肌に付けるものと食べるものと、それから家を建てたり借りたりする時の基準は、“病気を根絶するものか”というのが私達の判断基準になるということであります。

ですから、少しでも添加物が入っているものを食べた場合には、「病貧争」の根絶には繋がらない・・・多少よくなる程度で絶無にはならないということです。それから“貧”の場合は、物の買い物とかする時には、大黒様のお働きを絶えず認識しながら買い物をしていただきたいということを、先月お願いさせていただきました。

問題は“争”です。病貧争絶無のために精進邁進せんといかんのですから、家庭生活の中でですね、“争”というものを自分は勿論、起こさないようにしていかないといけないし、もし相手方が“争”を起こしてきたら、それをどのようにしていくかということを「病貧争絶無」という所に繋げて生活をしていただきたいと思います。

 

メシヤ様に繋がっている人の頭の使い方は・・・

楳木代表

そうすると、嫌味の一つも言いたくなりますよね、家庭生活の中で・・・しかし、この嫌味の一つを言ってしまうと“争”に繋がっていきますので、この“争”をどうやって絶無にしていくかということが智恵の使い所であります。だから頭をボーっとさせていると病貧争絶無の世界、絶無の取り組みということは出来ませんので、頭をフル回転しながらですね、自分の生活の中から“争”を無くしていくという頭の使い方をしていっていただきたいと思います。

だから、世の中には非常に認知症の方々が今増えております。これは、風邪薬を中心としたですね、飲み薬が原因である訳なのですけれども、もう一つ、頭を使ってないということがある訳なのです。

メシヤ様と繋がってですね、病貧争絶無の・・・そういう世界を造ろうとすれば、頭をフル回転しなければですね、取り分け、争いというものは消えていきません。争いというものは、一つ嫌味が出てきますと、この嫌味を自分に向ける根源は一体何かというと・・・それほど自分の姿が嫌なのかということが一つと、もう一つは言う人の機嫌が悪いというのがあります。それから、言われる側が何か言ったのかなぁ、とか。何かやったのかなぁ、と・・・。そういう事を考えていくと、いっぱい考えることがある訳なので・・・それを考えないで腹を立てる人達が多いので、この世の中は争いが消えない訳です。

ですから、争いのきっかけが出た時には、少なくてもですね、5項目くらいはパパパッと頭の中で考えて、「あ、原因がこれだなぁ」と思って、“悪かったなぁ”とか“ごめんなさいね”とかいうような文言が口からスッと出るくらい、頭をフル回転して生活してないと本来はいけないのです。そういう努力をしていないために認知症へ向かっていくということであります・・・。そういう認知症を患う暇はないのです。(笑い)地上天国建設をしていく、と・・・。いや、本当なのですよ。(笑い)もう笑っている人って、賛同していただいていると思うのですが・・・。

で、一つ何か問題があった時にはですね、例えば、正面に○○家の長男がいるので、「○○家ってどんな家なのですか」って言った時に、頭の中に幾つ説明する材料があるかということです。

受講者

・・・。(笑い)

楳木代表

そうすると、まず「先祖はね、元々こういう所に住んでいてね、こういうことをやっていたのですよ」というのが何項目かあるでしょ。それで、「今ね、こういう所に家を建てて月に何回か人が集まるのだよ」と。これについても色々細かいことは説明することがあるでしょ。それから、土地柄はこういうことで、「親父というのはこういう人でね」と。これについても細かく説明することができるし、それから「母親はこういう人で」、「弟はこういうのでね」とまた説明することがあって、「妹はこういうことでね」と説明して、そして張本人の「僕はこういう人間なんだよ」と言った場合に、10×一つについて5説明するとすれば、「○○家ってどんなの」って聞かれた瞬間に50項目頭に浮かばないといけないということです。

受講者

(笑い)

楳木代表

これが本来メシヤ様と繋がっている人達の頭の使い方ということです。そして、家族がもっと多い家ほど大変です。もっと説明する材料が出るので、頭の中に、たちどころに聞かれた時に50や100くらい、答えがバーッと広がらなければいけない。そういう頭の使い方をしておかないと、メシヤ様の弟子とは中々言えない。

それはですね、メシヤ様の御論文はですね・・・皆さん、御論文の書き方という話しはですね、『文明の創造』の中で書いているのでお分かりになったと思いますけれども、側近奉仕者がメシヤ様の口述筆記をする時に、メシヤ様は前日書いた内容の最後の数行を読ませられて、そして読んだら『分った』ということで、テープレコーダーのようにスラスラとお喋りになったようであります。

その書いたものを、次は、何回も赤字を入れてですね、推敲されて、万民が分るような文章作りをしていかれました。これは論文の書き方であります。じゃあ、質疑応答の講話集の方はですね、どうだったかと言いますと、講話集の方は割とですね、とつとつとお喋りになっております。それは、『え~』と言った時にですね、その『え~』と言っている期間、頭の中でですね、今50くらいの答えを頭の中に、ワーッと用意する訳なのです。

その中で、『え~』と言う時間に『これを答えよう』ということで出してこられる訳なのです。ですから、メシヤ様の人間部分を見た時にはですね、神様という部分と人間の頭脳という部分を見た時には、答えが50ある中の一つをあの時に答えとして出されている訳です。その出される瞬間には、50の答えが頭の中に・・・私達凡人で今考えているのが50ですから、神様の御存在では500位の答えがサ~ッと生まれて、その中からこの人の質問に適切な一つとして出されている訳ですので、メシヤ様の信者である以上は、そういう頭の使い方を心掛けていただきたいというふうに思います。

受講者

認知症なんかになっていられませんね。(笑い)

楳木代表

そういう頭の使い方をしていただくとですね、今だいたい凡人は、死ぬ時に自分の1/20の脳を使って死ぬというのが平均値であります。天才という方々は1/10使っているそうです。この前ノーベル賞を受賞した人達というのは大体1/10を使いきるかもしれません。しかし、9/10はですね、使わずに死んでいる訳です。こんなに勿体ないことはない。認知症になるともっと使わない訳ですから・・・。折角持って生まれた脳をですね、ほとんど使わずに死んでいる訳なので、こんな勿体ない人生を歩まないように・・・「自分は使い切った」という感じで最期を迎えていただきたいと思います。

前世で使わなかった頭を今世では相当使ったな、と思って、笑顔で死んでいけるような人生を歩んでいただきたいと思います。これが実は60以上になった時、考えなくてはいけないことなのです。60過ぎた時にまだ1/30くらいしか使ってないというのではね・・・少なくても平均値まで頭を使おうと、それから更にノーベル賞を受賞した人達に少しでも近づくくらいのですね、頭の使い方をしていこう、とくらいに思っていただいて進んでいただきたいと思います。

 

自らの悪にもトドメを・・・

楳木代表

それから最後から4行目、58ページの後から4行目ですね、

「今一つは観世音菩薩は、善悪無差別的の救済であったが、愈よ地上天国が目前に迫り来った、今日茲に善悪を立別け、善を育て悪を滅しなければならない事になった、所謂悪のトドメである、従而救ひの力も決定的でなくてはならない、その力こそメシヤの揮はせらるる大神力である。」

ということでありますので、この悪のトドメを嫌った人達が『世界救世(メシヤ)教』を「世界救世(キュウセイ)教」にしてしまったということです。このことをしっかり認識しておいていただきたいと思います。

それで悪のトドメをするために私達は『世界救世(メシヤ)教』を復興しようとして、今共々に動いているということであります。

世の中にはですね、見るに堪えないことと非常に賞賛すべきことがいっぱい起きておりますけれども、賞賛すべきことはどんどん拡げていきたいですし、余りにも酷い話というのは早く根絶していきたいところであります。その為には、悪のトドメがないといけない訳ですので、そのトドメをするためにメシヤ様の御力を私達はいただいているのだ、という姿勢で日々ですね、生活をさせていただければ大変ありがたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。

あと、祝詞のこととか御神霊のことは、2月4日と3月3日に説明させていただきましたので、その時の事を思い出していただいて、時間もあと少なくなりましたので、いつものように質疑応答に移らせていただきたいと思います。

 

<来月の御教え>

『天地創造記』(昭和二十五年十二月二十日)

本文は『天国の福音書続篇(三)入門と奥座敷』34ページに記載されています。

『天地創造記』は平成28年4月に拝読し学び合う御論文です。

 

[メシヤ講座no.182 岡山支部 2016(平成28)年3月9日]