<御教え>
『文明の創造』宗教篇
霊的病気 精神病と癲癇(てんかん)
(文創 昭和二十七年)
本文は『文明の創造』284ページに記載されています。(『文明の創造』購入方法は「出版案内」を参照ください。
また、研鑚資料『文明の創造(三)』では18ページです。)なお、『霊的病気 精神病と癲癇(てんかん)』は9月に拝読し学び合う御論文です。8月に学び合った『結核と憑霊』に関する内容は各支部ホームページを併せて参照していただければ幸いです。8月は沖縄にて初めて御神体御奉斎を許されましたので、今回は「御神体御奉斎式」挨拶を掲載します。
<沖縄での「御神体御奉斎式」挨拶>
『文明の創造』拝読により神界のお導きの神秘さ、不思議さ、抜かりなさを噛み締める
メシヤ教代表 楳木和麿
奥深き因縁で迎えられた御神体御奉斎式
ご参拝の皆さん、御神体御奉斎式おめでとうございます。昨日当家にて御奉斎の準備を終えて移動中に、今まで見たことのない鮮明な虹が架かっておりました。「生まれて初めて見る・・・」という表現しか言い表しようのないクッキリとした円弧に固唾を飲みました。御奉斎式前夜を祝うような雅な色に感動しました。
沖縄に初めて主神様の御神体を御奉斎させていただきまして、感慨無量のものがあります。と言いますのも、御在世当時の教線の伸び方を追体験するかのような在り方で本日を迎えたからです。
沖縄では、現・メシヤ教としては当家が初めての入会者でした。先ほどの家主挨拶の通り、それからご親戚の方々が次々と「浄霊力拝受お願い」を申し込まれました。その中から入会者も許されております。その後は、私が二度ほど訪ね、昨年9月には、ここに参列する平田邦男さんが、第一尚家の墓に「正式な後継者になる決意」の意志を捧げ、併せて「王家としての因縁を解消するためにメシヤ様の進められる御神業に臨ませていただく」ことを決め、大阪から姉と共に沖縄へ移住する報告を申し上げたのでした。
墓前では私が先達を務めましたが、案内役を担ってくださったのが当家でありました。お母様に詳しい位置を教えていただき大変助かりました。初めて訪ねたのですが、米軍の管理地であると共にハブの生息するところであることから、非常に緊張し、随分道に迷った末に辿り着いたことを昨日のように思い出します。
それからというもの、メシヤ様に繋がる因縁の人との出会いを更に許されてまいりました。本日も初めてお目に掛かる人を目の当たりにして、因縁の奥深さと神様のなされることの神秘さ、不思議さ、抜かりなさを噛み締めております。(祭典後に初対面の方から承ったことですが、神界から沖縄県の主要地に於て祝詞を奏上するように指示され、8月初旬に執り行ったそうです。御神体御奉斎式の前にそのような厳かな神事が執り行われたのか、と感慨一入であると共に、神秘極まるその内容から一層気を引き締めて御神業推進に臨まねばならない、と受け止めました。)
御神体が定まった所以(ゆえん)
初めに、本日御奉斎させていただいた御神体についてご説明します。
メシヤ様は昭和25年2月4日に「世界救世(メシヤ)教」を開教されて、同3月11日には『世界救世(メシヤ)教教義』を御発表になりました。
教義の冒頭で、先ほど拝読していただいたように、御神名を明らかにされました。主神様への認識が明確にならない限り、宇宙の誕生はおろか運行に対する感謝を育てていくことはでき難いところがあります。(例えば、今年は太平洋高気圧の勢力が強くならないことが一つの原因ともなり、日本全土に多くの雨を降らせ甚大な被害をもたらしております。まるで夏が梅雨になったような錯覚を覚えるほどです。これは一方で、高気圧と低気圧が織りなす気象状況の解説が重ねられ地球のメカニズムの一端を知る機会でもありました。また、順調な四季の移ろいが如何に有り難いことなのかを思い知らされました。
沖縄では台風の影響は大きく受けますが、夏の間33度前後まで気温が上昇するものの37度などにはなりにくい土地柄であります。そして、福岡空港から那覇空港へのフライトは、5月の際に往復の時間差は20分以上ありました。これは、ジェット気流の影響を受けてのことですが、ジェット気流は地球上の酸素濃度を一定に保つ役割を担っています。砂漠地帯では植物の生息が少ないために光合成による酸素供給は望めません。しかし、アマゾンなどでは豊富な酸素の供給があります。これを風によって地球上に隈無く行き渡らせるのが、ジェット気流と呼ばれているものです。これ一つ取り上げても、素晴らしい仕組みです。
また、沖縄は海に囲まれていますが、南へ向くと果てしなく太平洋が広がっています。この広い海で塩の濃度は一定に保たれています。掌のような形をしたケイソウが、濃度が濃くなると塩分を挟んで沈み、薄くなると開いて塩分を解き放ち浮かんでくるからだそうです。何と巧妙な仕組みでしょうか。こうした地球運行システムこそが主神様が創造されたものなのです。)
そして、主神様が御計画した『地上天国建設』が御経綸です。その御経綸を宣べ伝えるのが私達の務めであります。御神業の第一義は、『地上天国建設』の推移を知らせ、それを裏付ける御力を顕現することにあります。ところが、この御経綸を「変更された」などという話を平気で用いて信徒を方向付けようとする動きもあります。そこへ巻き込まれている方々はお気の毒でもあります。今後ご希望に応じてではありますが、高い境地へとお導きして差し上げることを重ねながら、御神業の本筋を進めてまいりたいと願っております。その取り組みに御力を賜るために御神体を御奉斎させていただくのです。
御神体に関わる御垂示
さて、御神体の御文字について、メシヤ様は『チョンが私である』と御垂示されております。
【御教え集十一号『神仙郷完成兼美術館開館記念祝賀式典御講話』(昭和27年6月16日)より抜粋『天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから、私というものは、世界の極中心なんです。その中心というものはポチ(・)なんです。で、丸(○)にチョン(・)ですね、之(これ)が宇宙の形なんです。丸(○)が宇宙でして、チョン(・)が肝腎なのです。それが私の救いの仕事になる訳なんです。』=『天国の福音書』続篇(一)140頁】
ですからメシヤ様御揮毫の御文字をそのように拝してご参拝いただければ有り難く思います。そして、その御言葉を形に表すように、お召し物である表装は慶賀牡丹の図柄の最高表具を施しております。更には、御尊影は額縁に純金の金箔を施して謹製させていただいております。
なお、メシヤ教では信者さん宅には一家入信で親戚間でも問題が生じないご家庭のみに御尊影を御下付させていただくことにしております。それは、最高最貴の御神格に在らせられる御存在の御姿に些細なことでも異を唱えるなど、ご無礼なことがあってはならない、とする姿勢からです。当家のように皆さんが入会されて、親戚の方々も浄霊力拝受を許されているご家庭ならば許されるのです。
本日、このようにご家族揃って祭典を迎えさせていただくことは誠に目出度いことです。
日々、月々の祭典
これから、朝拝では天津祝詞を奏上させていただきます。天津祝詞は、大和民族の宗家に当たる神様がお創りになられたものです。仏教の教えをお釈迦様に教えられた伊都能売神皇様の時代と思えば良いと思われます。『曲事罪穢れを払い給へ清め給へ』という所を意識されて奏上していただきたいと思います。
夕拝では、善言讃詞を奏上していただきます。善言讃詞は、大宇宙をも動かすという観音経をメシヤ様が現代に合わせて縮め祝詞風に創られたものです。地上天国が建設される様が詠み込まれておりますので、家庭が地域が天国化するような想念で奏上し、言霊を響かせていただければ有り難く思います。
メシヤ様は『メシヤ』という御神格に御出世なされた際に『救世主(メシヤ)とならせ』を善言讃詞に付け加えられました。また、『一天四海観音の』の後には『光明如来と現じ 應身彌勒と化し』が省略形になっていることを慮(おもんばか)って奏上させていただきます。先ほど一区切りおいて発声させていただいたのは、そうした想念に基づいてのことです。
そして、月に一度「家庭祭」を執り行わせていただきます。日にちは、本日を記念して毎月同じ日にさせていただくことでも良いです。肝腎なことは、その際御神体の清掃をさせていただくことです。表装部分は直接ハタキを掛けていただきますが、御文字の部分は直接触れないように左右にハタキを振りながら風で埃を払わせていただきます。
祭典では天津祝詞・善言讃詞を奏上させていただき、一ヶ月間の感謝を捧げ、これからの御守護お願いをさせていただきます。御教えは、朝拝では『神格をいただく道』、夕拝では『天国的生活』をそれぞれ拝読させていただきます。家庭祭では本日同様『世界救世(メシヤ)教教義』です。これは『御経綸』を絶えず認識させていただくためであり、ものの捉え方、見方、考え方の根本に置くためです。
また、奏上の仕方が初めて耳にする方にとっては少し節回しが異なるように感じたことと思います。これは、先達者のみが奏上する在り方と相俟って、メシヤ様が御先達をなさっていた形式を継承しております。少しずつ慣れていただきたいと思います。(作法上、複数でご参拝する際は、先達者のみが拍手を行い、祝詞奏上も先達者のみが、しかも「祈りの栞」を見て執り行います。そして、御神名の奉誦は全員で執り行います。)
本日は素晴らしい祭典を執り行わせていただき、有り難うございました。簡単ではありますが、一言ご挨拶とさせていただきます。(要旨)
<沖縄で中心的に御神業奉仕に取り組む方々と種々申し合わせる>
沖縄で様々な方々とお会いした上で、主に御神業を担ってくださる三名の方々と申し合わせを行いました。その内容は、主として“御教えを現代に応用して御守護をいただく”ように努めるということでした。
取り分け、問題解決の手法を確認させていただきました。これについては、過去のメシヤ講座・特選集で触れていますが、読んでいただくだけではなく改めてお伝えしました。
お世話上の心得(一)
まず、今までの信仰仲間で所属教団に疑問を持ち批判的である人に対しては、『メシヤ様』という御神格を認識していただくことに努めることが大切です。そして、日々御名をお唱え申し上げ奉る尊さをお伝えさせていただきます。しかし、それは高飛車に出るのではなく、私達が“メシヤ様に御力を賜りながら進むことで日々大きな御守護に包まれる生活が許されている”ということを有りの儘(まま)にお伝えさえすれば良いのです。
また、信仰の先輩格や年長者に『メシヤ様の進められようとした本来の御神業の在り方』をお伝えする場合、自らの失敗談や学びを真摯にお伝えすることが肝腎です。あるいは、気付きを許された経緯を素直にお話しする姿勢が巧く行くことに繋がります。
仮に“貴方は分からない人、私は分かった人”という姿勢では、メシヤ様の御前にご案内し奥座敷へご案内することは難しくなります。また、かなり前のメシヤ講座・特選集で触れたように、霊能者に課されている「正しく霊能力を伸ばす方法」として、「学びを重ねる」「体験を積む」「人格を磨く」ということがあります。『浄霊の急所』については興味が湧くが生活の中での『下座業』などには目が向かない、というようなことがあると、メシヤ様の本来の願いとは異なる方向に進んでしまうことになります。
浄霊の鮮やかな奇蹟を体験させていただくほどに、『挨拶をする』『時間を守る』『人に迷惑を掛けない』『嘘をつかない』などの生活行が重要性を帯び、「取り組みが正しかったのだ」とする自信は良いのですが、慢心となっては元も子もなくなってしまいます。
そうしたことを念頭に置いて、過去の問題が等閑(なおざり)にされたままの方々を御神縁によってお世話させていただきながら、御守護いただく道を歩ませていただきます。
お世話上の心得(二)
次に、不幸の原因は霊の曇りであると御垂示いただいています。ですから、幸福になるためには霊の曇りを解消しなくてはなりません。と同時に曇りが再び発生しないように努めなくては永遠の幸福は確保できません。
そして、霊の曇りを解消するにも、曇りを発生させないためにも、曇りの発生源を突き止めなくてはなりません。そのためには相手の話をよく聞き、『急所』を発見することに集中することが重要です。『急所の発見』は浄霊だけではなく、あらゆることに対して叡智をいただきながら、問題解決のために『急所の発見』を心掛けねばなりません。
話の聞き方の中で大切なことは、問題は起きたところまで時間軸を遡り、勘違いを起こしていたり、『夜の時代』の精神の癖が出ていたり、見切り発車をしていたことはないかを見つめることです。そして、その中で曇りの発生源を突き止めることに心掛けます。このことが御神業上、浄霊で霊の曇りを解消した後のお世話の端緒になるのです。
ここでは、決めつけや押しつけは意味をなさず、相手の意念を吸収する姿勢を以て耳を傾け、それら一つ一つを御教えに照らして行く心掛けが必要です。取り分け、『メシヤ様』という御神格になられたことを認識すれば、観音様の御働きの時代と異なり、『神の言葉』である御教えに忠実であらねばなりません。
しかも、個人の問題を扱うからには、お世話には守秘義務が課せられていることを肝に銘じなくてはなりません。併せて、何度説明しても理解できない場合でも、「御教えの理解度が低い」等の発言は慎まなくてはなりませんし、噂話などはもっての外です。そこで、情報は正確に取得して御神業推進に必要なことのみを、時期に応じてお伝えする姿勢を持つことが不可欠になります。
こうした姿勢が、御在世時代に先達の先生方が心掛けた『るナ三訓(威張るナ、怒るナ、早まるナ)』がお世話上に欠かせない理由になります。
沖縄特有の風習に対処する
また、沖縄では、仏壇に先祖代々の位牌を設えることができるのは長兄の家のみとされています。これには、本家に集まるという風習が薄れることのないように努めることが背景にあるそうです。願いとしては良く理解できるのですが、御教えに照らすと大きな課題となります。
そこで、先祖から受け継いだ風習に対して、「先祖の願いを深く受け止め、本家に集まるという習わしを疎かにすることはありません」という旨を報告して、先祖代々の位牌を設けてはどうか、という話を二軒のお宅でしました。そこでは、意義を理解してくれ、しかも、今年が「旧暦で九月が二回ある年は仏壇内を触っても良い年」に当たるので、そのようにすることになりました。
御教えに照らして本来の道を歩む取り組みをする場合、沖縄の風習を充分踏まえつつより良き方向へお導きさせていただくということを確認させていただきました。
その他報告、「親指に刺さったトゲが中指から出ることを許されました」
沖縄で4月に「浄霊力拝受」を許された方から、
「7月に中指が腫れ始め、浄霊を続けていたところパンパンになって、7月末にトゲが出てきました。これは、2月18日に親指に刺さったものです。2月の時は、指の奥へ入って行き痛みが続いたのですが、そのままになっていました。
腫れ始めた際にメシヤ講座に掲載されていた「ガラスの破片が親指から出てきた」という文面を思い出し、また御教えに『身体に針一本といえども差してはいけない』という内容があることを心にいただいて、浄霊に辛抱強く取り組んでいたところ、このような御守護を賜りました。
もう一つ破片が残っていたらしく、それは現在親指の爪の間を指先へ上昇しています。こちらは余り痛くないのですが、しっかりと浄霊をさせていただきます。」
という報告をいただきました。
トゲというものは身体の中心へと移動すると心配な事態を招くことがありますので、素晴らしい御守護をいただかれました。このような御守護を日常的にいただくことが許されるように、一人でも多くの方々がメシヤ様に直に太く繋がることができるようになっていただきたい、と願うところです。
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