メシヤ講座no.191広島(平成29年1月)

<今月の御教え>

『救ひ主と贖罪主』文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)主神様とメシヤ様』51ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 広島支部】

楳木代表

それでは宜しくお願い致します。

 

支部長代理

九分九厘の悪は現代医学であると断言された昭和27年の時代、どんなに奇想天外で奇人変人扱いされ世間を敵に回すほどの酷評を浴びられた事と思います。

それも必要悪であったからとお述べになられておりますが、その為に、多くの生命の犠牲は医学のみならず戦争による惨劇をうみ、余りにも多くの犠牲者の苦悩を思うと、“此処に至るまで主神様は悪の終焉をもっと早くに赦して下さらなかったのか?此れ程の善悪の摩擦が必要であったのか?何千年もの間、人類闘争により、愚かさや残酷さを繰り返されなければならない程、文化発展は出来なかったのだろうか?”と思ったりして来ましたが『茲に私といふ人間を選び、善と悪との根本義を開示された』とありますので、唯一メシヤ様だけに開示されたという事実を受け止め、自分を変えていく事で主神様の御意図を理解していけるものと思っております。

悪と知って犯した罪、悪と知らずに犯した罪の大清算であり、微塵の悪をも持たない浄まった神そのものの神性人間、神格を得た人間のみの高い理想世界を成し遂げられる救世主としてメシヤ様は御降臨くださり、私達にその術として御教えと御浄霊をあたえて下さいました。

絶対力を身として肉として本来の魂を覚醒させなければならない時を迎えた今、いち早く真理に目覚めた者いち早く神に近付かんとする者を今や厳選され、改心するのもしないのも自由であるけれど目覚めない物は自然淘汰の厳しい時であることも解からせて頂きました。

 

受講者(山口県)

先月、岡山の支部責任者の方に来て頂き他の支部での有り方等をお聞きして、神様に向かう姿勢作り等を考えさせられました。まず参拝姿勢から心を合わせてきちんと整列し神様をお迎えして行く事等々を教えて頂き、長い間慣れ合いになってしまい列は乱れ参拝5分前には整列もきちんと出来ているのが本当なのにそれすら出来ていない事。

他支部の発表等も毎月拝読して勉強している事等々をお聞きし、まだまだ幼稚な信仰をしているのだなと反省させられました。皆で声を掛け合い、整列にしろ、何にしろ支部全体を盛り上げて行けるよう向かわせて頂きたいと思いました。

質問者の方の「自分の副霊に勝つには・・・?」という問いの答えをお聞きし参考になりました。

一日の中でどれだけ其の事が続くのかメモをとり「今日はこれだけ続いたから、明日からは今日よりも長く其の事が続く様反省しながら進めば良いのだ。」という事をお聞きし、少し安心しました。中々結果が出ず情けなく思ったり、もういいやと思ったり、目先の事ばかりに囚われ其の事自体を考えずに投げやりになったりしていましたが、「人間は3日坊主で良いのだ。」と「3日も続けば良い方なのだ。」とお聞きし、“そうなのか”と、しかし、これで安心せずに其の先も続く様に努力すればよいのだ、と毎日反省しながら毎日コツコツ続けて行けるよう向かわせて頂きます。

「救い主と贖罪主」を拝読させて頂き、ある期間悪が必要であった事、そして今日のような素晴らしい時代が出来た事等々を感謝しつつ、又、救い主の方の側に身を置かせて頂いている事に感謝し、一人でも多くの方々に此の事を伝え、共に進む事が出来る人を増やせて行けるよう向かわせて頂きます。

 

大浄化を通して何を覚るべきか

楳木代表

改めまして本年も宜しくお願い致します。

御論文を拝読させて頂いて、お二人の方に覚りの報告をして頂きましたが、支部長代理は見ての通り、今、大浄化を頂いておりますので、浄化を通して何を覚ろうとしているのかという所がより一層見えてくるといいかと思います。そして、広島支部の信者さん方も時所位に応じて、それぞれに浄化を許されていくと思いますので、〇〇〇さんは「だいぶ浄化を頂いた。」と報告して頂きましたけれども、自分の体の中に有る毒素をその様に出して頂きながら、次の御神業を担う態勢創りが許されていくという事を思って力強く乗り越えて頂きたいと思います。

山口の〇〇〇さんから報告していただきましたけれども、山口県地方をどのように救いを展開させて頂くかということを何時も頭に置いておかないと、折角他支部から良い話を聞いても堂々巡りになってくるので・・・、(この後「光の道教会」について話が続きましたが割愛します。)平本先生ご自身がメシヤ様の御名代として、萩の地に御神業を進められていたので、そういう土地に今御縁を頂いているという自分の因縁使命を感じつつ進んで頂きたい、というふうに思いますので宜しくお願いしたいと思います。

それでは御降臨祭に参拝された支部長代理始めお二人は、その時の話を直接聞いて、ネット上で代表挨拶等を読んで頂いて、今日も又「天恩地恵」を読んで頂いたと思います。世界救世(メシヤ)教を復興することについては、平成11年から私はずっと取り組んで来たのですけれども、心の片隅にはですね、大きい教団の代表者、会長とか理事長とか或いは管長とか教主様とか、そうした方々が、メシヤ様の御心に立ち返ってですね、“世界救世(メシヤ)教を何故開教したのか”という事に心を寄せてですね、気が付いて、そして、現状ではいけないので世界救世(メシヤ)教を復興して地上天国建設に邁進させて頂きたいという人が出てくれないかな、と淡い思いを持ちながらメシヤ教を立ち上げつつ発信もして来た訳なのです。ところが、昨年の6月15日からですね、『そういった事は当てにしないように』という事を厳しく御垂示いただき、自分自身が思い立った以上、『本腰を入れてこれからやって貰いたい』という御垂示を通してですね・・・。

それで昭和28年の7月から井上茂登吉先生の御宅でメシヤ様と井上先生ご夫婦と長谷川ナミというご婦人で御神事を秋まで積み重ねられて、その中身は何かというと「主」という御神体を将来現界にですね御下附付する、そういう事を許可する為の御神事であった、と御垂示いただきました。そして、その御神事の後直ぐですね9月23日には、日光殿でメシヤ様が御講話なされた時に『今私の光の玉は会場(日光殿)一杯くらいになっている。』とお述べになられています。更に『まだまだ大きくなっていって・・・。』という御話をされておりまして、その光の玉は、『今は地球全体に遍在している。』という、そういう事を更に知らされて「私自信が相当本腰を入れないといけないな」という思いを持つに到りました。

そうした所で、御降臨祭を迎えるにあたっては『世界救世(メシヤ)教を真に復興するという誓詞を神界に捧げて貰いたい。』というふうに御垂示されたので、“誓詞を捧げるという事は如何いう事かな”と悩み始めたら支部長代理と同じ様に浄化が始まりまして、私自身も・・・。風邪から始まったのですけれど、今日の〇〇〇さんが「チョコレート色の様なおしっこがずっと出た。」という様な話をしていましたが、私は鼻がですね、今丁度○○さんが着ているセーターをもうちょっと赤くしたような、そんな鼻がずっと出てですね、そして、その最後にインスタントコーヒーにちょっと水を垂らして練ったような鼻が最後に出て、それでひと段落したのです。

 

御降臨祭を神界は『申し分のない祭典であった。』と

そうして臨んだ御降臨祭ではですね、事前に私の誓詞は固まっておりましたので、祭典前から神界に届いており、それが参拝者の皆様方の誠の信仰に反映して、祭典自体は司会者が「5分前になりましたので・・・」と言う前から皆様方の想念が非常に高まっていたので『神界としては申し分のない祭典を受ける事が出来た。』というふうに御垂示を頂きまして、信者さん方を『称えてあげるように。』と、それは有難い御垂示を頂いたので、皆様方にこの新年祭の中でお伝えしていきたいというふうに思っております。

そして、私もやれやれと思った訳ではないのですけれども、これで浄化はひと段落したかなと思ったら、それから祭典が終わって帰り始めたら今度、痛風が出てですね、痛風はまず右足から出て一日で急所を浄霊していけば良くなったのですけれど、帰ってからその痛みをかばって大掃除を始めたので今度はアキレス腱がカチンカチンに腫れて歩行が困難になるわ、次は左足が痛風になるわ、まあ痛風は浄霊で直ぐ良くなったのですけれど、また今度逆の足が痛くなるというふうにして年末年始はやっと歩けるような状態で過ごしました。

こうして、未だやっぱり浄化を頂かないといけないのかな、と思っていた所にですね、今度はあれ程飲めていた酒が段々飲めなくなってですね、年末の時には御猪口3杯くらいはいいだろうという事だったのですけれど、年を明けたらもう小さい御猪口1杯、味は変わらないのですけれども2杯くらい口に付け始めると腹が差しこんできてトイレに走らないといけないとう状態になってしまいました。ビールはコップ1杯で去年の暮れに入る頃は「コップ1杯なので出来るだけ大きいコップを持って来てくれ。」と頼んでいたのだけれど、今はもうそれどころじゃなく普通のコップで1杯まではいいのですけれど、2杯目からは同じ味なのだけれど2杯目飲み始めると腹が差しこんで来て又トイレに走らないといけないのです。どうしてこんな酒まで止められるのかと思っていたら・・・。

メシヤ教の場合は、今日発表して頂いた方以上の人達は醸造アルコールの入った日本酒を飲んだ場合は資格を返上してもらう、とか、ビールもですね麦芽とホップ以外の物を混入して製造しているビールを飲んだ場合も資格を返上して貰う、というそういう細則がメシヤ教のほうにはあって、幸い二人とも酒は飲まないので、まあ、そういう事には引っかからないのですけれども、進んでそういう物を飲んだ場合は資格剥奪という事にメシヤ教はなっております。そのように厳しくしているのですけれども、実はそれだけではなくて『酒には酒毒があるのだ。』と、酒の毒が。だから量が過ぎると其れによって頭の回転が止められて、どちらかというと副守護神の趣向になっていくので、『だから入れられないのだ。』と。これから世界救世(メシヤ)教を復興すると誓った以上は神が使い易い体に変えて行くので、『誓った以上はそうなのだ。』と御垂示されたので、こちらも何の言いようがないのですけれども、人とお付き合いをする時にはそれぐらいの量はいいけれど自分で毎日飲むという事は出来るだけしないように、という風に言われたので、まあ、禁欲生活みたいな感じになって・・・。

どうしてこういう浄化を頂くかというと、実はですね、本日も祝詞を奏上させて頂きましたけれども『祓戸大神等諸々の枉事罪穢を祓い賜え浄め賜へと申す事の由を』と奏上し、お願いしていますね。私達は神様に祓戸大神様達にそういう四柱の神様にお願いをしておりますけれども、それを私達の体に当て嵌めていくと腎臓に当たるという事ですので、腎臓が自分の体を祓い浄めている訳ですね。血液を絶えず綺麗にしている訳ですね。

ですから、今回の私自身の浄化はこの腎臓を柔らかくする浄化なのだ、と。腎臓を柔らかくしてですね、周りの余剰尿が無い状態にしておかないと頭がですね・・・、私は相当頭が柔軟だと思っていたのですけれども、腎臓が悪いと頭の柔軟性が無くなっていくので、どの様な物にでも対応出来なくなるのだ、と。だから今回の浄化はこの腎臓を柔らかくする為の全ての浄化なのだ、という事なので・・・。古いズボンはもう履けなくなりました。ベルトを外すと落ちてしまいますので、今新しいのを買って(笑)履いている所です。まあ、そんな事がありました。

皆さん方も腎臓に負担をかけないという食生活を心掛けて頂きたいと思います。お酒を嗜む人はお酒を吟味するという事と量を少し控えていくという事を取り組んで頂くのと、それからお米は皆さん方、主食はお蔭様でですね、確保しているので無農薬無肥料の主食を食べる事が出来ますけれども、野菜とかそういう物も農薬や化学肥料を使用しない、そういう物を口にしていく。それから一番の問題は添加物でありますので、出来るだけ添加物が使われていないような食品を口にして行くように・・・。こうしてですね、直会をさして頂く時には十分注意をされておりますけれども、直会だけではなくてですね、ご自身のご家庭で食する物もそうした事を目指して、腎臓に負担をかけないような食生活を今後心掛けて、共々に御神業を担わせて頂きたいというふうに思います。

 

権威の崩壊と下意上達の在り方

御降臨祭で私が挨拶をした中にJR新大阪駅の直ぐ近くのホテルで150人の専従者に集まって頂いて関西全域の教団護持委員会を立ち上げる準備をした話をしたのですけれども、その時に150人の若手の方々に立ち上がって活動して頂く為には幹部のですね、その当時の地区本部長と県本部長の悪口を言いました。「あの先生方の言う事を聞かないで欲しい。」と。後ろに並んでいるのですよ。前の方に150人、後ろに幹部の先生方が並んでいるのですけれども、「皆さん方が立ち上がれない最大の理由は後ろの偉い先生方の言う事を聞いているから出来ないのだ。」と。「だから、あの先生方の言う事を聞かないで欲しい。」と。そして、「自分の意思で立ち上がって欲しい。」と話をした途端に後ろの幹部の先生方はスッと控室に、その会場から腹を立てて出て行きました。

何故其処までしないといけないかというと、「明主様」という名前と「御教えにはこう書いて有る。」と言えば、言う事を聞きます。そうやって信者さんをコントロールしてしまう形骸化した権威が教団の中に出来上がってきておりました。皆様方の所属していた教団の中でも明主様の御名前を出していく、御教えにはこう書いてあると出していくと、それには従わないといけないといけないような気持が起ってくるような、そういうふうにマインドコントロールされていたという事です。

之は形骸化した権威であるわけで、この形骸化した権威を一回崩さないといけないので、この権威を崩壊させる為には上司の先生方の悪口を言うしかない、と私はその時判断したわけなのです。それからもう一つはですね、上意下達という事で教団運営をズーッとしてきましたので、之ではメシヤ様と御縁を頂いてメシヤ様の教えに基づいて御神業を担わして頂くというそういう魂から湧き立つような御神業の推進にはなっていかないので、下意上達の組織体制を創らないといけないという事で、之を進める上においてはですね、幹部の先生方の悪口を言った訳です。

しかし、幹部の先生方は腹を立てて別室に帰って行かれたので一応立ち上がり方を全部打合せが終わった段階で、その控室に私も顔を出してですね、「今日は大変失礼な事を申し上げ、申し訳ありません。」と。そして「高知県の田舎から大都会に出て来て、もう非常に疲れたので今晩飲み会に連れて行って下さい。」と甘えた・・・、こちらは29歳で幹部は40~60位の相手ですので、まあ少し甘えたような話し方で「御馳走して下さい。」と頼んだら、もう飲みに行こう腹が立ったからと言って其々に色々言いながら近くのですね、其の方々が使う小さいクラブに行きました。いざ飲み始めようとして全員が揃ったので、飲み始める前にロックグラスが人数分並んでいたのでグラスを取って「今日、私はああいう話をして150の人が立ち上がる準備をしたけれど、矢張り幹部の先生方が後推しをしてくれなければ上手くいきません。しかし、私が何を説明しても先生方の方が経験豊かであるし、御教えもよく知っているだろうし、今回の教団紛争の内情も全て知っているだろうから、若造がいくら何を言っても通じないでしょう。ですから、私は体を張ってお願いしたい。」という事で、「ロックグラスで一杯ずつ先生方と返杯しますので、それで御応え頂きませんか?」と言いました。13人相手はいまして、私は1人ですので13杯私は飲まないといけないので、ストレートで13杯というと大変な事になるので向こうも「おっ~面白い。それだったら俺達も受けてやる」と拍手がおきたので「宜しくお願いします」という事でお店のママさんに作って貰ってですね、「○○先生宜しくお願いします」と乾杯してグッ~ト空けて向こうも1杯位はグッ~と空けて、順番に13人全員空けた時に「男に二言はございませんでしょうね?きちんとやって頂けますね」と言って「あっ~、お前がそれだけ体を張ったのだから俺達は後押しをするから心配するな」というふうに約束を取り付けた瞬間から酔いが回ってきたので、トイレに走って行ってペットボトル一杯分の水を置いといて貰い飲んでは吐き飲んでは吐き、一晩中、翌日まで酔った状態になっていましたけれどそういうふうにしてですね、立ち上がって貰いました。

 

教団改革に奔走する原動力

何で其処まで自分がですね、教団護持委員会を創る為に懸命にやったかというと、本日拝読をして頂いた本の198ページを開けて頂きたいと思います。

ここに観音講座の第一講座というのが出ております。観音講座の第一講座というのは昭和10年メシヤ様が大日本観音会を御立教になられたときの入信教修、その第一項目のタイトルは『主神の御目的と天地経綸の真相』というふうに書かれております。

大きい文字の一行目から読んでいきますと

『主神が何の為に宗教を創られたかと言うと、宗教は彌勒出現迄の世界人類をして、或る程度以上の堕落をなさざらしめんが為の必要的限定的の経綸であって、主神は一方悪の活動を許容され、物質文化を開き、一方其の悪に因る弊害を甚だしくせざらんが為に諸々の人傑を出し、宗教なるものを弘通せしめ、善悪、明暗、美醜、相交りつつ流転活動し、進歩し発達し来たのである。』

此の文章を私は読んだ時にですね。これは・・・、メシヤ様は昭和10年から主神様の御経綸を説いているにも拘わらず、当時の先達といわれた偉い先生方も信者さん方も此の主神様の御経綸というものが解らない為に観音様から出発してですね、そして彌勒大御神様にという所で留まってしまっている。其の為に教団は分裂を繰り返している・・・、と。皆さん方が以前所属していた○○会や〇〇〇会というようなふうに分裂していかなければいけなかった最大の理由は、誰もが主神様の御経綸という事を理解していなっかた、その為に信仰が歪んだ状態になっていたのだ、という事が私の中にストンと落ちたのですね。此の本を読んだのは昭和57年でありました。

その時に沸々と湧いてきたので、翌々年から起きた教団紛争に対して之を私は心の根っこにおいて“何が何でも教団護持委員会を広めて教団改革を進めていかねば”と思ったのです。現在の主之光教団になっておりますけども、主之光教団の半分近くはこうしたお世話で立ち上げていったのです。其の原動力はこの観音講座にあったのだという事を話しましたら、新潟出張所責任者も此の観音講座を読んだことを述懐しておりました。

その当時、いづのめ教団の方からですね、岡田茂吉全集を50万で分けてあげる、という話があったそうです。其れを、どうしても此の観音講座を中心とした御論文を読みたいので買いたいと思ったのですが、手元に30万しかなかったので、“ちょっと50万は高すぎるなぁ”と思っていた所、お世話している信者さんが、「そういう大事な御論文であるなら私が20万出しましょう。」という事で、今も新年祭に来てくれている人が出してくれて、此の人も今大浄化していますが、此の出してくれた人が、皆・・・、だからやる気がある人程浄化しています。浄化をしてない人がやる気がないという事じゃないですよ。順番に浄化は必要に応じて許されていきます。そうやって50万出来たので其れを買って、そして之を読んでですね、ハッと思った時に・・・。

204ページ開けて頂き、後ろから4行目にですね

『霊返しが出来たら、此次は天津金木と言う学問と云うよりも鍵がある。是があらゆるものの根本である。言霊、天文、地文、易、予言等の根本なのであるが、是を教え様とする人が未だないのである。古事記の中の稗田阿礼が勅命により口述したのである。

天津金木は上のような形のものである。

稗田阿礼は此の天津金木を背に負っていたのである。古事記は天津金木の神秘が書いてあるのである。されば何故文章に書かなかったかと云えば、文章に書けば命がなかった為である。』

此の天津金木というものが本当は古事記の中心課題であるのですけれど、現在の古事記には、天津金木の事は書かれていません。それは何故かというとですね、神武天皇が素盞鳴尊の治世が乱れた時に宮崎県の高千穂から出て来て東征して日本全土を制覇しました。

その時から古事記を創り始めたのは、天孫民族に都合のよい古事記を創りあげていった訳ですね。其れに対して異を唱えれば命がなかったというのは此の部分な訳で、稗田阿礼が「其れは違いますよ。」と言うと命がなかったので言わずにズッと次の人達に口伝で伝えていった訳ですね。そして、文章には残さなかったということです。

じゃあ、此の天津金木というものは一体何か?というと柱の様な四角い棒が立っているのですが、主神様の御意図が此処にドンと降りて来ると地上で四つに割れて四方に割れるという言い方をしますが、其れから更に其れが2つに割れると・・・。家を建てる時に「八方祓いの儀」というのがありますね、此処の家を建てた時に八方祓いの儀というのをしなかった?

 

支部長代理

建売だったので・・・。

 

楳木代表

建売か、じゃあ最近建てた人はいない?「八方祓いの儀」というのはですね、塩とお米を丑寅の方角から八回に分けてズ~ッと撒いていきます。八回撒くと大体、土地全体が浄まるという、そういう意味で「八方祓いの儀」というのを行います。

其れが更に2つに割れて十六という事になります。実はこの十六というのが皇室の紋章なのだけれども、神武天皇に因って十六の紋章は菊という事にしてしまったのですね。だから、意味がさっぱり解らない。何故菊の御紋にしてしまったのか、意味が解らないようにする為にです。しかし、此の十六というのは天津金木を上から見た状態が此の十六弁の図という事になっていたと思います。

そして、其れを十六が更に細分化していくと○になりますので、円になって中央に柱が立っているというのが是が「○」に「・」ですね、此の御神体になる訳なのですね。

其れを新潟出張所責任者がその時に読んでから鎌倉支部にお参りに行った時に、此の御神体に向かってお参りした瞬間に「天津金木だ。」と覚って、直ぐ欲しくなったそうです。此の御神体を欲しくなったので入会するという運びになったのです。「入会して頂く以上、メシヤ教の方針に沿って頂かないといけないので、新潟地方を中心に救いを展開出来るよう出張所になって貰いたい。」という事から色々と話を詰めて今の新潟出張所が出来た訳ですね。

 

生前退位の真意

今天皇陛下と安倍政権は仲がよくないと言われているでしょう。週刊現代とかでもその事を書いていいます。其れは何故かというと天皇陛下は今回ですね・・・。生前退位を表明された意味が解ってないという事です。天皇陛下は此の天津金木の前に座ってお祈りすると主神様の地上経綸の意図が必要に応じて入って来るようになっています。だから天皇陛下だけは祭祀王と言われているというのはそういう理由がある訳なのです。烏帽子も真直ぐ立っているので、天皇陛下しか其れを被る事が出来ません。後どんな偉い人でも烏帽子が後ろにずうっと下がってしまいます。その天皇陛下は実は公務が忙しくなったので、此の天津金木の前で、畏所(かしこどころ)と言われている所でお祈りを捧げる時間がなくなってきている、という事を伝えているにも拘わらず、其の意味が解ってないので、今、皇室典範をどうするか、こうするかという事だけで流れて行っていいます。皇太子は平成31年から天皇陛下になるので、天皇陛下になった時に此の祈りを中心にするという事を今天皇陛下と皇太子で細々打合せをしている最中である、と言われています。

で、物事の解らない自民党幹部とそれから有識者と言われる人達は皇室典範をいじるか、それとも特別法でやるか、という事で右往左往している所であります。私達は幸いですね、平成30年が残るという事が一応ほぼ決まってきているので昭和30年の3月3日のメシヤ降誕本祝典の、その本祝典を執り行う日付が存在するという事が大体決まったので、まあホットしている所であるわけなのですけど、是で早く退位をされてしまうと平成30年が無くなってしまうと困るなあと思っていたのですが、一応平成30年は存在するという事が分かったのでこれで良かったなあ~と。

 

神様に守られての浄化

まあ、新潟出張所でそういう説明をしたら、非常にこういう人が要るという事も力強くなったし、私は、1ケ月間ですね岡山から今月は四国から始まってズ~ッと北迄上がって行って昨日は出雲が終わって、此の広島で一通りのメシヤ講座を終わって、明々後日から北海道に行って来るのですが、まあ其れが終わって此処まで来てやっと今月の覚りが全て整ったなあ、と思ったら夜から・・・。新潟が終わって550km走って浜松に着いて、夜9時過ぎに食事をしてヤレヤレと思ったのですが。夜中になって上げ下げして、まる二日間何も食べられない、水ばっかり飲んで何にも食べられなかったのですけども・・・。何故これだけの覚りを開いたのにこんな浄化を頂くかと思ってベッドに寝ながらずっと浄霊していた時に、1つ解ったと言った瞬間に過去の物になるので、もっと御神意は何処にあるのだろうか?という事を次の事を考えないといけないだな、と思った所にですね、又御垂示が届きまし。

『人間の解ったという程度は、神からしてみれば人間の程度で解った位の話で、未だ高く、奥があるので其処を人間は探求し続けなければ之からの世界救世(メシヤ)教復興の御神業というのはとても担えるものではない。』。

そういう事で浄化を・・・、更に覚ったら浄化をするのだと次の段階で、そうして更に更に高まって行かないといけないので、浄化をしている人には覚ったら又次の浄化があるのかと言うと恐ろしくなるかもしれないですが、私が上げ下げに一応耐えていっているので何も食べずにこの次も関西迄浜松支部が終わってから移動するくらい体力は温存されて、浄化をいくらしても体力は温存して行くので“神様に守られての浄化というのは心配ない”と受け止めて頂きたいと思います。

だから、浜松で新年祭をする時、戻すと耳が塞がってしまうでしょう?支部に行っても耳が全然塞がったままになって声を出しても中に響くだけで外にどれだけ出ているか分からない状態で祝詞を奏上してですね、浄霊が終わって『世界救世(メシヤ)教 教義』を拝読する段階でお腹が差し込んできてトイレに行って、此の御論文を拝読が終わるまでトイレに籠っていた、と。そんな状態で私も浄められながら動いているというのが現状です。

其処まで・・・、神様は『12月23日に世界救世(メシヤ)教を復興するという誓詞を捧げてくれた以上は、神が使い易いような体にして行くので其れは理屈に通っているだろう。』というふうに御垂示されたので、私も反論する余地がないわけで「解りました。」という事で今浄化を頂きつつあります。

これからの御神業の事について少しお話しておきますけども、昭和29年が霊とすれば平成29年が体にあたるのでメシヤ様が昭和29年に様々執り行った事が現界に映るのが今形として出て来ます。そうして29年ですので諸々が極まっていくという状態になっていくそうなので、「極まる」ということは本日拝読させて頂いた『悪主善従』が極まるという事なのです。一昨日からトランプ大統領のですね、様々な事が報道されております。トランプ大統領はアメリカ第一主義で行くという事を公言しました。今までの理想論を一切語らずにですね、今までの米国大統領は理想論を語って、そして、地球全体を、世界全体を纏めていこうという事で演説をして来ましたけれども、其の件はほとんどなくてアメリカ第一主義という本音できました。あれは極論だとか言うけれど本音です。何処の国だって世界平和とか世界の繁栄とか言いながら腹の中は皆自分の国をどうやって繁栄させるか、と皆想っているわけです。其の腹の中が全部出てきたという状況です。

そうして、出てきた所に、じゃあ日本はどうするか他の国々はどうするかという事を之から今年は真剣に考えていかなければいけない、そういう年を迎えているというふうに思っていかないといけないので、様々な立場の人が今年はどの様にして自分がやるべき事をきちんとやっていくか、そういう年になるかと思います。

一方メシヤ教の信者さんにとって、今私達は神性を蘇らせて、そして魂が主神様の分け御魂として私達は魂を頂いているので、之は本来の発光体を持っているのだけれども、三千年来の罪穢の為にですね、発光状態の周りに罪穢れがベッタリ付いているので光輝かない状態になっているので、少しずつ剥がしながら光る状態にしていくという取り組みを今皆様方にはしている為に、お二人の方に絶えず報告して貰っている訳なのですね。その発光体を取り戻すという事が極まって行く年になって行きます。今年の3月3日迄には今日発表した二人が神性を取戻した状態になって貰わないといけないので、まあ非常にご苦労な事なのですけども・・・。そして、来年の平成30年の3月3日に皆様方が神性を取り戻していくという状態に迄上がって頂きたいというのが今の御神業でありますので、そういう所を目指してね、宜しくお願いしたいと思います。

 

第四次産業革命を通して目まぐるしく変わる世界と地上天国建設

それと同時に、之から全世界、日本が真っ先ですけども、世界全体がですね第四次産業革命に入って行きます。第四次産業革命というのは横文字でIoTという事が之から普及して行きます。例えば電子レンジを買うと、今日は比較的安全な肉があったのと有機農法の野菜があったので之を買って来た、と電子レンジに帰ったら言います。「今日の肉と野菜を買って来た」言い、「どんな料理が出来ますか?」と聞くと3つ位「こういう料理があります」と言って自分の好みを「じゃあ之にします」と言うと「それでは只今から下ごしらえに入ります。」という事で「こういうお肉はこうした処理をして下さい。野菜はこういうふうに刻んで下さい。」というふうにして、出来たという事になると容器に入れてこういうふうにして「何分間加熱して下さい。」というのを支持されるので、そうして終わると素晴らしい料理が出来上がる、と。こういう電子レンジが今売出されています。買ってきたら直ぐに「インターネットに繋いで、登録して下さい。」という最初の設定がありますので、全てインターネットに繋がって行くという事です。

それから、無添加の洗剤を使おう、という事で、アマゾンで幸い見つかったので取り寄せた所、非常に良いので毎日使っている内に容器の残り是位になった所にタグが付いていて、其れをポツンと押すと注文が入る、と。そして丁度、使い終わった頃アマゾンから次の洗剤が届くというような、そういう事がIoTに依ってですね、これからズ~ッと進められて行くのが産業革命と言われておりますので、様々な物がそういうふうに成って行きます。

そして、皆様方が携帯を買ってですね、新しいスマホとか買うとクラウドに登録しますか?とかいうふうに言われます。クラウドはそっちに入っています。そのクラウドを又取り纏める大情報というのが向こう側にあって、其処からですね、又電子レンジに対して同じ物を買って来て作ろうとすると「何日間同じ物ばかり作っていますので、違う物を作った方が体の為に良いですよ」と電子レンジが言います。「何を買って来たらいいのと?」「こう言う物を付けたして下さい。」「それなら冷蔵庫にあります」というふうに言うと、又別の料理を献立してくるので、そのように又下ごしらえをして作る、と。違った健康を保持するための料理を提案してくれると、こういうやり取りをしていきます。

そうなってくると非常に便利になってくるのですが、その時に二つ課題があります。一つはですね、其の大情報の中の物が正しいかどうか?という事が一つあります。血圧などはですね今サプリメントを売る会社などは「130になったら危険ですよ。」という事を頻りに言ってサプリメントを売りつけようとします。製薬会社は「140になったら高血圧ですよ。」という事で薬品を売ろうとして来ます。此の数値が、果たして正しいかどうかというと、正しい物ではない事が多いわけですので、この情報を之から切替えていかないといけない、と。メシヤ様の御教えに基づいて・・・。

それから、今回東京・国分寺支部長代理が示したように本来輸血というのは必要ないのだ、とか、それからピロリ菌は人間には必要だから存在しているのだ、とかいう情報で向こうの情報を書き換えて行かないといけないという事を之から行っていかないといけないのです。御神業の種類も非常に多様化していかないといけないという事になってきます。今迄の薬毒論を唱えて浄霊をしていても地上天国建設をして行くというそういう所から、物凄く多様化した正しい情報を人々に提供して行くような取り組みをしていかないといけない、クラウドを取り纏めたビッグデータを切り替えていくような取り組みを之からして行かないといけないので、私達の御神業という物は物凄く大きい物になってきます。そうした事を私も懸命にですね、進めて行きたいと思いますので支えて頂きたいと思います。

一方ではそういう恩恵に与ると“ちょっとボケてくるのじゃないか”とかいうような事を此処まで来る間に言われました。暇になったらどうすればいいのか?と。暇になった時にやるのが地上天国建設です。地上天国建設の中身は何かというと芸術生活ですので・・・。「芸術生活」と言うと、何か美術品を買ってきて其れを部屋に飾るとかですね、こういう良い調度品をこういう所に置くとかいうような事に私達の気持はいってしまいがちですが、実は芸術生活というのは、本日拝読をした御論文を自分が実行するという事が芸術生活。善と悪をたて分けていくのは神様がたてわけていくのだけれども、人間は主神様が善悪は必要あって存在させて来たので、その存在理由を理解しながら其れを結んで行くような生活をして行かない、と。例えば私達がですね、人と会った時に今日も○○さんの話ばかりするけど浄霊が出来た、と。でも、「入会は出来んからね」と。だけど「浄霊は受けてみたい」というふうな人がいた時「あの人はああいう人だからね」「田舎はこういう事はうるさいのよ」というような言い方をしていくと、もう結びの働きが許されない、という事・・・。それが「うるさい」という事は、村は村で大事に村の安全とか安定を願っているので、ちょっとした事でも受け入れないような発言をしてしまうのだ、と。だから、そういった事が解った上で私達は会話をして行かないといけないというのがこれからやるべき事なのです。「あの人はああいう風なひとだからね」と決めつけてしまうと、もう其処から御神業というのはストップしてしまう。だから之からは何処までも課題は全て結びという、人々が結ばれていくようなそういう事を念頭において相手を裁くとかですね、決めつけていくようなそういう思考をしていかないという事が大事なので、其の為に私達は浄化を許されて頭が柔軟に働く様になっていくのだ、というふうに受け止めていただいて今年の御神業を担って頂ければ有難いなと思います。

最後にですね、御降臨祭に参拝して頂いた方にはメシヤ様の御歌の朗詠を聞いて頂きましたけれども・・・。年賀状は支部に届きました?「山口も届いたね?今年はですね、此の決意を富士山に・・・、之は神山に登る登り口から撮った富士山の写真です。下は稲の根の長さの違いです。之に合わせてメシヤ様の御歌をですね二首選ばせて頂いて、こういう支部とかには年賀状としてだしました。じゃあ、之を朗詠させて頂いて終わりたいと思います。

『兄の花の、香り床しも 天国の 苑より匂ふ 今年この春』

『薬毒も 肥料の毒も 目に入らぬ 物識達の 眼開かん』

一首目は昭和29年の立春祭の時の御歌です。兄の花というのは富士山に御鎮まりの兄の花姫尊様と言った時には、兄の花と書きます。兄の花と書いた時には梅の木にあたりますので、其処で楳木がですね、世界救世(メシヤ)教復興事業を進めるという、決意を新たに匂いぷんぷんしながら天国から出て行っているのだ、という事をこの御歌にかけさせて頂きました。

二首目はですね、これは同じ年の2月3日御詠のお歌です。今は薬毒と、其れから農薬の毒というのは大分知れ渡ってきたのですけれども、肥料の毒という事が解ってないので・・・。肥料の毒というのは、これだけの根の差に出来ますので、私達の体に当て嵌めていけば腸の不調に関わってきます。こういう事を特に知識人という人達により伝えていくような取り組みをですね、幸いな事に東京国分寺支部長代理は科学者ですので、その人達から資料を一杯提供して貰いながら、こういう取り組みを進めさせて頂きたいという決意ですね。この御歌を年賀状に載せさせて頂きました。

今年もですね、御神業を一層支えて頂けますようにお願いをさせて頂いて新年祭の挨拶とさせて頂きたいと思います。有難うございました。

 

 

<来月の御教え>

『善悪発生とキリスト教』文明の創造」 (昭和二十日七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)主神様とメシヤ様』57ページに記載されています。

「『善悪発生とキリスト教』文明の創造」は平成29年 2月に拝読し学び合う御論文です。

 

[メシヤ講座no.191 広島支部 2017(平成29)年1月22日]