メシヤ講座no.187鎌倉(平成28年9月)

<今月の御教え>

「『悪と守護霊』文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)神観 主神様とメシヤ様』30ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 鎌倉支部】

 

御論文を拝読しての覚り、学び、決意

楳木代表

覚りと感じたこと、あるいは学んだことなどを、具体的にさせて頂くのは今日で2回目ですので、まだまだ出発したばかりですけれども、支部責任者に、これから自ら覚ったことを報告していただく内容は自分にも返して考えて頂ければ大変有難いと思います。そういう姿勢で支部責任者の報告を聞いていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 

支部長代理

『悪と守護霊』ということで、最初の方に、宇宙は3元素でなっているということ、地球は2元素で全てがなっていて、陰と陽ということを仰っているのですが、人間は霊と体があって、霊が主であると。それがすごく大事なことで、悪というのは人間自身の心、霊の悪なのですが、人間はどういうふうに成り立っているかというと、今書いてあるように、神様の分霊をいただいて、本守護霊と、産まれて2,3歳の頃に副守護霊、動物霊がつくと。そして正守護霊は、祖霊中から選ばれた霊が生涯を通じて守ってくださる、と。正守護霊は、悪い方向に行こうとしても、常に見守っていて下さるということなのですけれども、最後の方に『九分九厘と一厘』の戦いというふうに書いてあるのですが、結局、私たちがですね、『人間が向上すれば神となり、堕落すれば獣となる中間の存在』だと仰られておりますので・・・。この『九分九厘と一厘』の戦いだということなのですけれども、この一厘というのがメシヤ様でメシヤ様の腹中の光の玉に「ミクラタナの神様」が御宿りになられて、メシヤ様になられてこの一厘の御力でひっくり返す、と。神様が『ひっくり返す。』と仰っておりますけれども、私たちはそれをただ見ているだけではなく、自分たちはどうするかということが一番大事なところなのかなと拝読させていただいて思いました。神様は地上天国をお作りになる。『九分九厘と一厘』の戦いで、『一厘』でひっくり返すということなのですが、私たちは副守護霊に負けてしまっているようでは、結局は話にならないと思うのです。主之大御神様を日々、私たちはお祈りさせていただいているのが本当にありがたい事で、正しい最高の神様を拝むことによって、私たちは魂が浄められて、浄霊で一厘の力で魂を浄められて本守護神がどんどん光ってきて、我々の中の『九分九厘と一厘』、われわれ人間としての戦いというか、そういうことで本当の天国建設になっていくのではないかと改めて思わせていただきました。ですから、やはり先月と繋がっていまして、個々の意識、それを覚るということが書いてあるのですが、ただ行動していかないことには本当の意味で覚ることにはならないのでしょうから、1人1人が日々積み重ねるということが一番大事かなと思わせていただきました。

 

楳木代表

その他、何か覚りということがある方はいらっしゃいますか?

 

受講者

覚るという難しいことはわかりませんが、拝読していて、振り返ってみて・・・。昔、私は○○学会の入信式に知らないで連れて行かれて、「ここはお前の来るところではない。帰れ。」とそういう声が聞こえたのです。“長崎を出るからいいや、ここで終わりになるから、いいや”という思いでそのときは帰って、それから、キリスト教の教会に行って・・・その当時、母の事ですごく悩んでいて、苦しんでいてずっと・・・。長崎にいるあいだもこっちに来てからも、母を恨むことで、自分に降りかかってきていたすべてのことは許せる、そういう自分になっていたんです。だけど母を苦しめなければいけない自分がどうしても辛くて、“どうしたら自分は幸せになれるのだろう”とお祈りしていた時にイエス様の方から光が来て、「許しなさい。許すことがあなたを幸せにすることだと。」と、その言葉が残ったんです。その後、長崎を出て、私が姉の旦那さんに私の悩みを全て恥ずかしいことも全部話をしたら、その兄が「神様に毎日お祈りしなさい。今日あったことを祈りなさい。それだけでも違うから。」と言われて、それから神奈川に来て毎日、毎日、今日の感謝をしたんです。

その後、結婚してからもいろんなことがあって、それで救世(きゅうせい)教にご縁があったわけです。車の事故がもとで繋がったのですけれども、その時にどういう訳か、後ろから肩をぽんと叩かれような気がしたんです。「向こうに行きなさい。」と。そこで出会ったのが救世(きゅうせい)教だったわけです。そういうことを考えたときに『悪と守護霊』と合わせた時に、やはり守ってくださっている方がいたのだな、と気づかされた、そういう思いです。

 

楳木代表

はい。ありがとうございました。そういう思いで、何日から行くのだったかな?

 

受講者

今月19日から、来月の10日まで。

 

月次祭の迎え方の再認識

楳木代表

ネパールで、そういう思いで光を間配っていただきたいと思います。ありがとうございました。

先月ですね、私の説明が不足していたことがあります。それは、覚りを啓いていくということではあるのですが、啓き方としては、毎月毎月これから御論文を拝読して、そしてそこから得たことを、ここでは支部長代理が報告して、そして私がお話するということを繰り返しておりますけれども、皆さん方も、御論文を拝読して、“ああ、こういうことなのだな”と思ったりしたことを、一ヶ月間、あの時感じたことは正しかったのか、あるいは、もっともっと深く知るべきことがあるのではないか、と・・・、ずっと考えながら今日からまた10月の月次祭に向けて、日々生活をさせていただいて、そして月次祭の時に“1ヶ月間自分はこういうことを考えて生活をさせていただいたけれども、自分の感じたことは確かに間違いではなかった”と思えて月次祭に来るのか、“少し浅かったな”と思えて月次祭に来るのか、そういうことを整理しながら、月次祭に臨んでいただきたいと思います。そしてまた、月次祭でお力をいただいて11月を目指していく、と・・・。そういうような生活を歩んでいただくということを先月お話しませんでしたので、皆さん方の高まりが思うように行かなかったのではないかな、と思いました。一言お詫びしておきたいと思います。

 

覚りと世の中の見方

それから、覚りが啓けていくと、世の中の見方とかが、少し変わってくるものであるというふうに教えられておりますので・・・。例えば、私に「ミクラタナの神様」からある人を通して御垂示が届くようになって、非常に中身が多かったためにですね、考えていく上において随分悩んだ時期が5月にありまして、そして、6月に入ってから、頭の中で構築してきたことが一旦白紙になって、そしてまた考えをまとめ始めたのです。ちょうどその頃ですね、一昨日、三重支部の遷座祭が執り行われて、約300坪の土地に70数坪の建物が立っている、そういう大きい屋敷で新たに三重支部をスタートすることができて非常にありがたかったですけれども、その三重支部の責任者が、「ちょうど今、太陽の黒点が全く消えていますね。」と報告をしてくれました。

太陽の黒点というのは、メシヤ様は『主神様の代表』というような表現を使われて、主神様の御意図が太陽に反映して、その代表が黒点の数になるというふうに教えられております。その影響が地球に反映してですね、今年は太平洋高気圧のはりだしが非常に弱い状態になっているために、台風が発生しても、今年の台風の動きは今までにないような動き方で太平洋側を北上して、北海道に上陸したり東北に初めて上陸するというようなことがおきております。

なぜこのようなことが起きているかと考えていくと、現在でも北海道の方は非常に大きな被害が出ておりますけれども、日本人全体から見ていくと北海道というところは食物倉庫的な存在であります。じゃがいもなどは日本全体の8割が北海道でとれておりますけれども、その生産方法は一体どういう方法で生産されているかというと、やはり慣行農法でありますので、農薬や化学肥料を非常に使っております。それから酪農をやられている方々の借金の多さを聞くと驚きます。知り合いの酪農家はだいたい4億円くらいをホクレンというところから借りて、そして営農を続けているわけです。その借金の返済たるや、なかなか大変で、JAのそういう人のお世話で進んでいるのですけれども、大変な状態で進んでおります。それが、日本人にとって農薬や化学肥料を使用した農産物を届け続けなければいけないということに対して、神様側からすると、もう日本人は限界を迎えているのではないか、ということの意味合いではないかな、というふうに思います。

それから、舛添前知事が都知事になる前の問題で都知事を辞職しなければいけないというのは、“どういう意味があるのか”ということを考えたり、猪瀬さんも、ちょっとしたことで辞めざるを得ないということに、都知事がこんなに短期間に辞めなければいけないということに“どういう意味があるのか”と考えていたところ、ここのところ騒がれている築地市場を移転する先の土壌汚染の処理の仕方が不十分であるということがクローズアップされてきております。

そうすると、北海道に関して考えていけば、農産物の問題が日本人に与える影響というのが非常に大きい状態になっているし、鮮魚、青果は特に東京を中心にあの市場から出て行くわけですので、食料問題に対して日本人はもう限界に来ているということを神様が・・・。

普通ならば、舛添前知事をあそこまで叩く必要はなさそうなのですけれども、やはり知事を変えなければ、その東京都の行政上のなかに潜んでいる問題を明らかにできないためにわざわざ叩く人たちに火をつけて、徹底的に叩かせて辞めさせて、そこから崖から飛び降りた小池知事が誕生して、そして今、いろいろな改革に取り組んでおります。

その市場関係者は、表では自民党のおかげですすんでいると言っておりますが、いろいろインタビューを聞いてみると「小池知事がストップをさせているので、非常に良かった。」と。食を預かる人間としては、「土壌から汚染物質が上がってくる処置をしていないところで取り扱うことは非常に心配である。」というふうに話しておりましたので、そうしたことを考えると非常に大きな、本日拝読をさせていただいた悪というものも、神様は使いつつ、都知事を辞めさせたり、あるいは、台風で被害を受けられた方は非常にお気の毒ではあるのですけれども、食料というものについても日本人がそろそろ考えないといけない時期に来ているのではないか、と思います。

そうしなければ、最近の犯罪の中身を見つめていくと、日本人がこんな犯罪を起こすわけはないと思っていたようなことが次々と起きてきておりますので、これは、薬毒だけではなくて、食料の問題が非常に考えさせられるところがありますし、生活上使っている我々の身に付けるシャンプーや、リンスとか、石鹸とか、そのようなものまで吟味しないといけないそういう時期を迎えているのではないか、と強く感じる今日この頃です。

そういうことを考えて、世界救世(きゅうせい)教を考えていきますと、東方之光教団の今回のご面会というのは、各地区本部というところで衛星放送されているのを見て、信者さんの反応というのを報告してくれた内容というのがあるのです。その内容を紹介します。

 

メール内容

「1日、東方之光教団本山ご面会の映像中継に参りました。御参拝後、MOA理事長の挨拶内で、橋本聖子参議が挨拶しました。すごくゲッソリされていた・・・その理由を申されたのですが。

リオ五輪で日本選手団を率いて選手村の宿舎(600名所帯)滞在中、選手のバックアップに寝る間も惜しんで奔走したそうです。例えば水泳は現地の夜中にレースがあり、他競技は日中にあり、睡眠時間も限られる中、橋本氏は日本選手一人一人に『浄化療法(浄霊)』を取次いでおられたそうです。自己浄霊する時間が無かったからゲッソリしてしまいましたが、と自虐ぎみに話していました。

観音講座に、『オリンピック等の様な国際的のものが非常に盛んになり、我観音会でもいろいろなチームが出るが、観音力により最強チームとなり、世界記録等も観音会が一番沢山持つ様になる。』とあります。

世界救世教内では少子高齢化と運動不足が顕著で“夢物語”と思っていましたが、橋本氏は選手団の食事環境をオーガニックに整えながら、選手一人一人を浄霊し続け、メダルラッシュを陰で導かれた模様です。

これには正直・・・驚かされました。

また氏は、浄霊のみならず、日本選手諸氏に、世界各国に無い日本唯一の最強トレーニング法があるとして、善徳と利他を積む想念面の磨きの恩恵を説き回られてもいたそうです、それは選手個々のインタビューにも表われていました。

MOAは社会性を前に、メシヤ様でも明主様でもない、岡田先生と呼ぶよう指導し、真理もボカし、宣教による人心教育も専従組織として放棄している様な実状下、橋本氏は教団行事に来られると、いつもどんな場でも『明主様』と力強く発せられます。

そんな氏が参議院会長になり推薦議員を引き連れる以上、他の議員も橋本氏に倣い『明主様』と発せられます。

教団の御神格観から、さすがに『メシヤ様』と教育されていないだろう為、仕方ないと思えますが、そんな中で体面を気にして岡田先生とせず、明主様とお称えされる信仰心は、公人として凄いなと素直に感じます。

その背景には、同郷ゆえよく聴いていますが、先天性の腎臓疾患で寝たきりに近い持病をスケートで乗り越えられた幼少期があったそうで、腎臓医術の御教えと浄霊体験で真を覚れたそうです。

薬毒回避の浄化観、オーガニックの生命力高い食事、善徳と利他の想念強化、が健全な人間を育み、強くして記録も伸ばす、そう信じてオリンピックの日本選手団を率いる場でその御教えの実践と具現をされている橋本氏。

その言葉は、ゲッソリして声が弱々しく震えていながら、参列者の信者の心を感嘆と感動で揺さぶられました。

信者は口々に「いやぁ凄いね…(これに対し最近の専従者は・・・)」と。

この話を受けて、MOA理事長は、「実は卓球でメダルをとった伊藤美誠ちゃんもMOA自然農法の食事で体調を整え活躍されたんだよ」と続けましたが、これには信者内から違和感の反応が・・・。

橋本氏は自らの強固な信仰心に根ざした実践談を述べられている清々しさに対し、理事長の話は直接関与しない中での組織の優越性を自画自賛で宣伝された臭い印象が信者内に嫌悪感で拡がった、橋本氏の話の反応と、理事長の話の反応と、信者の声色が明らかに違ったのですね。

中継の会場内も、映像と音声で感じる箱根本山も、同様と感じました。専従指導者よりも一信者の橋本氏の方が、参拝者の心を感化させる力が強い。

明主様を直に強く求められる橋本聖子氏の信仰心と誠がもたらした、日本選手団のメダルラッシュだったそうです。

そして、これを受けて一層その選手強化とオーガニックの食環境整備で世界の選手を受け入れる東京五輪準備へ着手され始めているそうです。

MOAの霊界内で久々に出た好事例と認め、報告します。」

 

楳木代表

ここで問題なのは・・・、東京オリンピックというのは、ドーピング対策がですね、一番の課題でありますので、ドーピングについてはどのような、メシヤ様の御教えからすると“どのような点に注意すれば良いか”ということを話していかなければいけないはずなのです。

話していかなければならないという内容というのは、体力づくりとか、精神面というのがあるので、体力作りについては筋肉が増強するとか、そういうものを使っていくと、その薬物が入らないと筋肉が作り出すことができないような体の中に薬にたいする依存ができてしまうので、そうしたことは選手の将来に渉って、現役中はそれで維持したとしても、将来高齢になって身体はボロボロになってしますので、そういう意味でこのドーピングンというのは危険なことなのだ、というような話を理事長はすれば良いし、筋が通っていくわけですね。

例えば、伊調選手が4連覇したのですけれども、伊調選手が後でインタビューに答えている内容を聞いて私は愕然としました。それは「自分は、痛みに弱いから、試合中に痛みが出ると怖いので、鎮痛剤を先に自分の体に入れて、それで試合に臨んだ。」、「いつもそういうふうにしている。」と。ということは、これは痛みが起きないような身体にして試合に臨むというのが、みんなはそういうことに耐えて試合を続けているのに、薬によって痛みが出ないようにしてやるということが、これは厳密に行くと、ドーピングの一つに入っていくのではないかということを、当理事長は、そういうことに踏み込んでいって、4年後の東京オリンピックをいかに素晴らしい状態にするかということに言及していかない限り、社会性をいくら謳ったところで、中身のない教団ということになってしまいますので、信者さん方が理事長の話には少し白けているというのは、そうしたことを魂は求めているのではないかなということを、そういう報告を受けた時に感じた次第です。

ですから、私たちは覚りを啓いていくというのは、世の中で起きていることに対して、神様の御意図は、今この日本にどういうふうに降りていられるのかということを絶えず考えることであることが1つはあると思います。

 

メシヤ様の御日常を神習う

ですから、メシヤ様はですね、ラジオをいつも聞いておられて、そして散歩に出られた時には側近奉仕者がですね、そのラジオを持ってずっと散歩されておりました。

メシヤ様御自身が救世主であられても、主神様がこの地球の御経綸を行われていることが社会情勢として、出来事として、出てきますのでそのラジオを通して世界のニュースを聴くことによって『主神様の今の御神意はどういうことか』ということを、メシヤ様ですらですね、ニュースを通して得ながら御神業を進めておられたということですので、神様であるメシヤ様がそういう姿勢であるにも拘わらず、その下のものたち、教団で言えば理事長とか、会長とか、あるいは役員たち、その人たちが懸命に世の中を見つめて、そして、御神意を求めるという生活をしないで信者さん方の指導にあたるというのは全くできないはずなのです。

ただ「メシヤ様が偉大である。』ということだけが言葉で伝わるだけで、偉大なメシヤ様の日常の御過ごし方を自分も率先して、その生き方を真似していく、あるいは目指していく、ということをやっていない。そういうことを大いに反省してもらわなければいけないことではないかな、というふうに思いました。最近、起きていることと、この御論文を拝読させていただくと、そういうことを感じることができるのではないかと思います。

 

悪が極まり善と化す

それから、緊急に私に知らせるようにという話があったのですけれども、その中身はですね、『悪が極まっていくと、善になる。』ということも考えておかなければならないのだ、ということでありました。しかし、『善も極まっていくと悪になる。』こともあると。これが大乗の善と、小乗の悪と、それから、小乗の善と大乗の悪との関係であると思われます。複雑なのですけれども、絡み合っているものを今回の御論文ではですね、非常にわかりやすく書かれているのは、P.37の5行目に、

『これを霊的に見ると邪神界の大物の憑依であって面白いことには最初はトントン拍子に行くので有頂天になるが、それもある程度までで必ず挫折する。そうなると憑依霊はたちまち脱却してしまう。我々の知る範囲内でも、カイゼル、ムッソリーニ、ヒットラーの如きがそうで、失敗後は人が違うかと思われるほど痴呆暗愚的に気の抜けたようになったが、これは大きな邪霊が抜けたあとで誰でもそうなるものである。』

邪神の頭目がついて一番わかりやすいのは、ヒットラーのやったことをずっと見ていくと、ヒットラーのやったことをずっと突き詰めていってこの頭目が抜けるとヒットラーは非常に暗愚的になってですね、中にはどこかに逃亡したという人もいるし、亡くなったという人もいるし、いろんな言われ方があるのですけれども、そのことを基にですね、今度は戦争のあり方というのを国際的に協議するというようになって、軍隊は攻撃しても、国民は攻撃しないという様々な約定が国際連合を中心として出来上がってきました。ところが、今、後進国というのは、これを抜きにして・・・、昨日も大勢の方がお亡くなりになったりしているのですけれども、市民や、国民が犠牲になっているということが起きておりますので、そういうふうにして修正が加えられていって、善の世界が広がっていくことが起きてくるのだろう、というふうに思われますので、神様のやられることは非常にジックリ見ていかないとわからないことがあるな、とそういうふうに感じます。

そして、先々月から覚りということを私が口にしてしまったために、皆さん方には非常に難しく捉えざるを得ないような雰囲気にしてしまったので大変申し訳なかったのですが、先月、ある信者さんから、覚りについて考えたときには、メシヤ様の教えで、昭和24年の9月25日に発表された、「忄」の悟りと、それから自覚の「覚」ということについて短い御論文が発表されております。その発表された内容ですけれども「これに沿って私は考えました。」というメールを送ってくれました。非常に短い御論文ですけれども、拝読させていただきます。

 

【『悟りと覚り(地上天国8号・昭和24(1949)年9月25日発行)』より
『単にサトリといっても二種ある。すなわち標題のごとき悟りと覚りである。ところでこの二つのサトリは意味が非常に違う、むしろ反対でさえある。
悟の方は消極的で、覚の方は積極的ともいえよう。仏教においても等覚(とうがく)、正覚(しょうがく)、本覚(ほんがく)などといい覚の方をいうが、事実はそうでもない。仏教は悟の方が多いようである。というのはこの娑婆(しゃば)は厭離穢土(えんりえど)とか火宅とかいい、人間は生病老死の四苦からは逃れ得ないとしている。それも間違いではないが、そのような苦に満ちた娑婆を排除し革正して、極楽世界たらしめようとする積極性こそ宗教本来の役目であるにかかわらず、苦の娑婆はどうにもならない、諦めるより仕方がないという。洵(まこと)に消極的退嬰的であるのは悟の方であるが実は、これが仏教の真髄とされて来た。
何よりも印度(インド)の衰亡の原因はそこにあったのではないかと思う。また今日の日本仏教が危機の状態にある事もその現われであろう。しかしこの事実を吾々からみれば今まで夜の世界であったからで、いよいよ時期来って昼の世界に転換せんとする今、一日も早く目覚めて、覚すなわち自覚の境地にならなければ救われないのである。』

というふうに、短くまとめてくださっておりますので、どうかこの自覚という点に於いてこの御教えを拝読して「私はこのように自覚しました。」というような感じで月次祭に毎回来ていただけると大変ありがたいと思いますし、本日も、感じたことや、気づいたことなどは「自分はこういうふうに自覚して、また一ヶ月間生活していこう。」とこういうふうに思って頂ければ有難いと思います。

 

気付きの拡がり

それから、もう一つ、この悪のことと合わせて、とにかく即刻私に『伝えろ。』という内容の中には、主神様が創造していたこの世の中のことを科学者が研究して、それを研究したことを明らかにしているので、明らかにしたことを私は学びつつ、主神様の創造された中身を彼らは実証して証立ててくれているということで、様々なところで資料等にまとめてきました。しかし、その実証した事の裏に、神科学があるということを考えていかないと、『本当のものを見たことにはならない。』というふうに御指摘されました。

それが一昨日の夜だったのですが、昨日の朝ですね、テレビに山中教授が出ていて、辛坊さんがそれについて随分突っ込んで聞いていました。

iPS細胞は我々の皮膚とか、そういうところの細胞から各部位の臓器を作り上げていきますが、どうして心臓の細胞にするとか、他の細胞にするとか、「どうして分けていくことができるのですか?」と尋ねたところ、それは「ある刺激を与える。」と答えていました。すると細胞自体がそういうふうに変わっていくのだ、と・・・。

では、「その刺激とはどのようにしてわかったのですか?」というふうに突っ込んで聞いたら、実は、iPS細胞を研究する前の学者たちが、今日もここに『唯物的にいへば・・・』と書かれてあるのですが、P.32の最後の行、『唯物的にいへば、男性の成虫一個が、女性の卵巣一個に飛び込んで胚胎する。』と、そういうふうに書かれております。胚胎した細胞というのは、最初は1個なのですね。それが、2つに割れて、4つに割れて、8つに割れて、16に割れて、32になる・・・というように広がって細胞分裂して大きくなっていきます。その時に、細胞が心臓になったり、他の臓器になっていくか、ということを研究している学者たちはかなり前からいるのだ、と。その研究した材料を基にして、iPS細胞に刺激を与えていくと、そういう臓器が生まれてくる。

そのときにですね、教授がチラリと言った。胚胎したその細胞が細胞分裂する時に、お母さんの体の中で細胞分裂をして生まれてくるのだけども、その細胞分裂をするときに人間の個体を作って行くときに・・・「腹の中で神様がやっている事を真似している。」とこういう表現をされた。だから、ノーベル賞とかを受賞する、そういう境地まで行くと神様がこの世を作ったということを、薄々認識している人たちが・・・、トップレベルの科学者たちは感じている。だけど、辛坊さんはそこには食いつきませんでした。私は、その言葉を聞けただけで良かったな、と思うのですけれども・・・。

神様が人間の体をつくる過程の中で、どういうプロセスで最初の一個の卵の細胞が細胞分裂していくときに、私たちのような人間の身体になっていくかということ、そのシステムを作られた神様のやられた事を解明して、そしてiPS細胞にそうした刺激の与え方をして臓器を作っていくのだ、ということを話したことが、非常に拝読をさせていただいた御教えと、現代に当てはめていきますと・・・。

しかし、iPS細胞というのは非常に大きな問題が囁かれております。コピーとして作るわけなので、そこに霊がどのように育っていくかという問題が一つあるのと、人間の身体がコピーされると、劣化が起きてしまうということが言われているので、それで、どのように長持ちしていくかということが大きな課題としてあります。ところが、薬を作る過程においては、この研究が大きな成果を与えることができる、と言われております。その創薬をするときに、私たちが最も関心のあるのは浄化作用によってどうして身体が元通りになるのかというところであります。

そこを、MOAが医者たちとタイアップして進むときには、この浄化作用の原理を証立てるというところに集中して研究してもらえればいいのですが、信者さん方に薬を飲ませるために、今は医者と組んだ形に結果的になってしまっていますので非常に残念です。着目点は素晴らしいのですが、結果的に信者さん方が非常に不幸な状態になっている、そういう面があります。これからは、皆さん方の考え方が高まっていけばいくほど、教団の職員とか、役員とか、全く役に立たない人たちになってきます。それだけに、どこの教団にいる方々にもこうしたものの考え方というのは、今回の箱根で行われた面会が如実に表れております。

覚りを啓いた、全てを啓いているわけではないのですけれども、やはり「明主様のところに全てつながっていかない限りみんなが御守護をいただくということに繋がっていかない。」という、橋本参議の発表に大喝采があって、組織上の伝達には全く信者さんは心が踊らなかったという、そのくらい信者さんの中には高まった人たちが生まれてきております。この高まっている方々が集まって世界救世(メシヤ)教というのが復興するわけですので、どこかの教団のトップが集まって、世界救世(メシヤ)教が復興するということではありません。覚りを啓いた、やはりメシヤ様に直に繋がってこそ人類を救うことが出来る、地上天国を建設することができる、という人たちが集まって、世界救世(メシヤ)教というのが復興していくわけですので、そうしたところに皆さま方も手を差し伸べて頂ければ大変有難いと思います。(中略)

やはり信者さん方の中には、御教えをしっかり求めて、その中で現在の教団の方針はおかしいと気づいている方が大勢生まれてきているという、そういう現状である、ということを各地でお話をしながらわからせていただきましたので、来月から更にそういう人たちと交流をしながら新たに歩み始めて下さる集団を作って行きたいな、と思います。(後略)

 

御守護願いの在り方

どうしても御守護願いをする時に、神様の御意図と、人間の考え方とかがずれると、御守護願いをしても自分の願いと違う結果が出てくるわけなので、この結果の出方が違う原因が何かということを整理して、“この問題が起きるためには、何年前にどういうことが起きているのか”というようにして遡って・・・、その問題を解決するため、そこに力をいただくのが、メシヤ様から頂く御力なのだ、と、この機会に受け止めていただきたいと思います。

そういう姿勢で月次祭に御力を頂きに来るという、そういう信仰をやっていただかないと、自分の生活が全く解決していかないという現状がずっと続くことになります。そうしたことを共々に取り組みながら進ませて頂きたい、というふうに思います。

その御力をメシヤ様がくださっている、メシヤ様の光の玉の中にお宿りいただいた「ミクラタナの神様」こそが、これが一厘の力ですので、その力を私たちは頂きつつ、この地上を天国にしていく取り組みを今後も一層具体的に進めさせていただきたいと思います。

 

覚りを啓くためには心身を汚さないように

もう一つ、覚りを啓くために不可欠なことが今月知らされていることがありまして、それはですね、私たちの身体が清い状態になっていかないといけないので、浄化をいただいた場合は、『浄化というのを恐れることなく、身体を美しくするためにいただいた浄化だということで、感謝をもってその浄化に取り組んでいただきたい。』ということと、『せっかく浄化をいただいて身体が美しくなったのに、また身体を汚してしまうということが起きてはいけない。』ということでありました。

冒頭、北海道のことでお話しましたように、食料の事を十分気をつけていただきたい。とりわけ、農産物は農薬と化学肥料が使用されていないものをできるだけ手に入れるように努力をするのと、添加物が使われていない加工食品を食していくということに一層努力をして、そのことに取り組みつつ精神面を高めていただくように皆さんに伝えてもらいたいということでありましたので、最後にそのことをお伝えして一層覚りの旅を共々に歩んでいただきたいと思います。

 

受講者一同

ありがとうございました。

 

<来月の御教え>

「『仏滅と五六七の世』 文明の創造」(昭和二十七年)

本文は『天国の福音書続篇(一)主神様とメシヤ様』38ページに記載されています。

「『仏滅と五六七の世』文明の創造」は平成28年10月に拝読し学び合う御論文です。

 

[メシヤ講座no.187 鎌倉支部 2016(平成28)年9月11日]