<メシヤ様対談記・21>
メシヤ様が教団内外の人々との間で執り行われた対談内容は、私達の御神業推進の方向を再確認させていただけるものです。数多くの対談記中から、「世界救世(メシヤ)教」開教後になされた内容を順次掲載いたします。
明主様(メシヤ様)と
法大文学部長・美術評論家
谷川徹三氏との御対談(二)
(栄光二百十二号 昭和28年6月10日)
浮世絵について
谷川氏 今度、保永堂版(ほうえいどうばん)の五十三次がはいってましたが、銭形平次捕物帳の野村胡堂(こどう)さんが、あれと同じのよい版を持ってます。野村さんは広重蒐集では日本一でしょう。五十三次もいろいろありますが、保永堂の版が一番よいですね。
明主様(メシヤ様) 広重の江戸八景はよいそうですね。
谷川氏 しかし広重では何といっても雪月花ですね。三枚続きのあれが一番でしょう。これの揃いの物はなかなかないのです。その外にもいろいろと有名なのがありますが、西洋人もいってますが、雨と雪のは全部よいです。ですから雪月花はよい物です。
<北斎の冨嶽三十六景を前にして>
明主様(メシヤ様) これも揃っているのは大してありませんね。尤(もっと)も揃えて出すよりも、よい物を数枚出したらよいということです。三十六枚も見る必要はありませんからね。
谷川氏 私が本当に好きなのは三枚だけです。凱風快晴(がいふうかいせい)と山下白雨(さんかはくう)、富士が大きく出て鱗雲があるのと、雷のと、大きな波のあるのと、この三枚がよいので、あとは欲しくありません。
明主様(メシヤ様) だから外のおかしな人間のあるのは買ってもしようがありませんね。
谷川氏 私は三十年近く前に富士山の絵を少し買い漁ったことがありますが、富士の最高傑作の一つはこの凱風快晴です。これは世界的に有名な物で、実によい物です。これは北斎のあらゆる絵の中の最高傑作だと思います。版もなかなかよいですね。
明主様(メシヤ様) 品物の程度はどう思いますか。
谷川氏 なかなかよい物です。しかし雲の状態が少し濃過ぎますね。ちょっと趣きがありませんね。もっとおおらかなのがあります。そして空ももっと遠く薄くなければならないのです。空の色が薄いと雲が浮いてくるのです。この赤はもう少し強い方がよいです。この山下白雨はよい物です。大正年代の高見沢さんは複製が上手で、汚れから何から同じ物を作り、専門家が見分けができなくなったので、複製の判をつけるようになりましたがね。
私は春信(はるのぶ・鈴木)より新しいのでは今の三枚と広重の雪月花が好きです。春信以前のはみんな好きです。清信(きよのぶ・鳥居)、清政(きよまさ・鳥居)、祐信(すけのぶ・西川)などのも好きです。その錦絵にならないところの墨摺の一枚絵のころのは全部よいです。紅摺のもう一つ前の物で、白黒の次に手細工したものです。それから漆を使った漆絵が好きです。紅摺というと豊信(とよのぶ・石川)で春信は錦絵ですね。
明主様(メシヤ様) 非常に純真さがありますね。
谷川氏 美しいものです。その以後は清信です。歌麿もよいですが、何というか妙に頽廃的になりました。
明主様(メシヤ様) 下品ですね。
谷川氏 そうです。しかし春信以後でも写楽のはよいですね。全く不思議な特別な存在ですね。
明主様(メシヤ様) 清長(きよなが・鳥居)のはよいですね。
谷川氏 写楽、歌麿、清長となりますね。今度黒陶がはいりましたね。これは不思議な物ですね。ピカソなどが見たら驚く物ですね。これは一度しか発掘されなかったので世界中にあるのが分かっているのです。
<春信の版画を前にして>
谷川氏 春信のは実によいですね。それに保存も上々ですね。浮世絵ではパッカードという人が通でした。
明主様(メシヤ様) 名前は聞いたことがあります。
谷川氏 この人がよい物を持って帰りましたが、それはとても保存がよかったので、向うにはそういう保存のよいのは行ってなかったので、みんな贋物扱いにしたそうです。この春信はなかなかよい物ですね。不思議に美しい物です。
この背景が赤いのは、春信のでは二枚しかないので非常な珍品です。二枚というのは、事実二枚しかないというのでなく、二通りの絵しかないのです。この機を織っているのと、水汲みの絵とがありますが、水汲みのは博物館にありました。ですから近藤君は一枚しかないのだと言ってました。私は戦後初めて、川崎の茶会で見たことがありますが非常な珍品です。それに保存もよいですね。全部で何枚ですか。
明主様(メシヤ様) 十枚ですかね。
谷川氏 珍品ですから図柄もよく覚えてますが、その時は十六枚ありました。この春信のは、図柄もよいし、保存もよいし、殊に背景が赤い珍品もはいってますし、よい物です。私は春信の浮世絵はあんまり欲しいとは思いませんが、この春信だけは涎が出ます。浮世絵展にこの機織りが出れば、それだけでも見に来ますよ。
<豊国(とよくに・歌川)の版画を前にして>
明主様(メシヤ様) 着物の色がよいですね。
谷川氏 そうですね。豊国には随分とゲスなところがありますが、この豊国はよいですね。それになかなか力があります。
明主様(メシヤ様) そうですね。それに彩色も洗練されてますね。
谷川氏 それは浮世絵の色彩感覚というものは、なかなか洗練されていますね。この墨摺で摺って手彩色した、こういう時代のが好きなのです。これは小僧か誰かが無造作にやったものですが、そこに面白味があります。
明主様(メシヤ様) いい味がありますね。
谷川氏 これは初摺は三百枚が限度らしいです。そうして沢山売れると又やるらしいです。この豊国はみんな結構ですね。こういう物に比べれば、冨嶽三十六景というのは、数枚を除いて劣りますね。尤(もっと)もそれは私の好みからではあります。私もああいう物は全部おとりになる必要はないと思います。芸術的な見地からいって、本当によい物は数枚ですからね。
今アメリカの日本の美術展に行っているのは、こちらからは湯女だけですか。
明主様(メシヤ様) そうです。
谷川氏 湯女はよい物ですね。
明主様(メシヤ様) 浮世絵では湯女が一番よさそうですね。
谷川氏 湯女と彦根屏風(国宝・紙本金地着色風俗図)がありますが、彦根屏風は大きな物ですが、本当からいうと湯女のほうが第一番でしょう。松浦屏風(国宝・婦女遊楽図屏風)も有名ですが、これは彦根屏風に比べてもずっと落ちますね。
明主様(メシヤ様) 絵はやはり宋元画(そうげんが=宋・元の時代の絵画)でしょう。
谷川氏 それはそうですね。去年もありましたが梁楷(りょうかい・南宋)の寒山拾得(かんざんじっとく)はよいですね。
明主様(メシヤ様) うま味があって非常によいですね。
谷川氏 実によいです。とに角(かく)梁楷というのは世界第一の絵だというのは嘘ではありませんね。やはり梁楷と牧谿ですね。
明主様(メシヤ様) この二人のは大した物ですね。
谷川氏 去年拝見した牧谿の翡翠(かわせみ)と鶺鴒(せきれい)の絵は今年はありませんでしたね。
明主様(メシヤ様) 今年はまだ出していません。
谷川氏 それから馬遠(ばえん・南宋)の山水もなかなかよい物ですね。あれが何処かに行ったというので聞いたところがこちらに来ているというのでよかったと思いました。燉煌画は本物が出てなかったので残念でした。
墨蹟、古筆について
谷川氏 墨蹟では茂古林(むくりん)と正澄(しょうちょう)のはよい物ですね。私は茂古林と清拙正澄(せいせつしょうちょう)、無学(むがく)の三人が好きです。墨蹟は全部よいですが、この三人のが好きで、手に入れたいと思ってます。
明主様(メシヤ様) 私のところに無学のは二つかあります。大燈のはどうですか。
谷川氏 大燈のはよいです。日本人では大燈でしょう。しかしやっぱり中国人のがよいですね。
明主様(メシヤ様) 無準(ぶじゅん)はどうですか。
谷川氏 無準もよいです。それから大慧(だいえ)もよいです。この間大師会で見ましたが室町時代の表装がそのまま残っていました。
今美術館で拝見した茂古林の表装がそれにちょっと似ていました。あれは中が印金で一風が古代紗(しゃ)になってましたが、私が大師会の茶席で見ましたのは、中が古代紗で、一風が印金になってましたが、それは実によい物でした。今日見た茂古林の表装はそれに匹敵する物でした。これは室町の表装だと思います。直したとしても元の布を使っていると思います。
明主様(メシヤ様) 古筆はどうですか。
谷川氏 古筆も好きですが、やっぱり墨蹟が好きです。古筆では継色紙(つぎしきし)が好きです。しかし有名な物でもあんまり好きにならない物があります。ただ、古筆の中でも、藤原佐理(ふじわらのすけまさ=さり)の離洛帖(りらくじょう)になると、墨蹟に匹敵するどころか墨蹟以上だと思います。それからもう一つ上に行くと、日本の詩で一番好きなのは、橘逸勢(たちばなのはやなり)の伊都内親王御願文(いとないしんのうがんもん)です。それを見るまでは弘法大師の急就章(きゅうじょうしょう)が一番好きだと思ったのですが、伊都内親王御願文を見てこれが第一番だと思いました。それから風信帖(ふうしんじょう)になると支那以上だと思います。しかし普通いう何々切れという物の中では、継色紙を除いてはよい墨蹟が好きです。
支那の物で蘇東波(そとうば)です。寒食帖(かんじきじょう)はどうも最近中国に行ったらしいですが、惜しい事をしたものです。これは前から中国人が狙っていた物です。博物館で買う話が出ていましたが、税金の関係で持主が出さなかったのですが、惜しいことをしました。
明主様(メシヤ様) 俊成(しゅんぜい=ふじわらのとしなり)などはどうですか。
谷川氏 よいですが、やはり時代が下がりますからね。俊成は鎌倉初期ということになりますから、何といっても古い物の方がよいですからね。俊成の息子の定家のは昔は珍重しましたが、定家の明月記(めいげつき)という日記を切った物が沢山あるので安いのです。ただ小倉色紙は定家のでも今で高いです。定家の子供が為家(ためいえ)ですね。
明主様(メシヤ様) 貫之はどうですか。
谷川氏 いわゆる貫之というのはよいですね。
明主様(メシヤ様) 私は貫之の字が好きです。
谷川氏 しかし面白さからいうと、伝貫之と称せられているのは面白味が少ないです。伝貫之というのは実際に貫之かどうかということですが、要するに伝貫之というものですからね。
明主様(メシヤ様) それはそうですね。
谷川氏 そこにゆくと佐理(さり=ひじわらのすけまさ)の離洛帖(りらくじょう・国宝)は面白いです。それから道風(とうふう=おののみちかぜ)の小島切(小嶋切)というのは写しということになってますから、よい物ですが弱いです。ですからやはり離洛帖ですね。
明主様(メシヤ様) 私は西行の字が好きです。
谷川氏 西行はよいですね。
明主様(メシヤ様) 弘法大師の字はうまいが、ちょっとくさ味がありますね。
谷川氏 いやしかし本当の弘法大師の字はよいですよ。くさ味があるのは贋せ物ですよ。
明主様(メシヤ様) 日蓮上人のも贋せ物がありますね。
谷川氏 私はあまり見たことがないのでよく知りません。
明主様(メシヤ様) しかし一休くらい贋せ物が多いのはありませんね。
谷川氏 これは癖がありますから、それをのみ込めば何でもないのですね。
明主様(メシヤ様) そうして、うまい字ではないから、やりよいのでしょうね。
天皇の字では誰が一番うまいですか。
谷川氏 嵯峨天皇ですね。それはうまいものです。空海と橘逸勢とで三筆といわれてますからね。
明主様(メシヤ様) 大徳寺の真朱庵には後醍醐天皇の字がありますね。
谷川氏 後醍醐天皇の字は大燈国師とよく似てますね。
明主様(メシヤ様) 御水尾(ごみずのお)天皇もうまいですね。
谷川氏 そうですね。
明主様(メシヤ様) しかし絵でも字でも彫刻でも平安朝のはよいですね。鎌倉とは僅かの違いで、まるっきり違いますね。
谷川氏 そうですね。
(人物及び美術品の振り仮名、説明書きは原本に付加いたしました。)
≪解説≫
メシヤ様お出ましの「夢物語」をどう解釈するか(完結)
メシヤ教代表 楳木和麿
道楽について
「特選集」でお伝えすべき内容は日増しに充実していますが、量的に多くなりましたので割愛しつつまとめています。多岐にわたる学びや気付き、新発見などは各支部のホームページやブログを参照していただきたいことを、まずはお願いさせていただきます。
さて、今回は「メシヤ教の信徒は『道楽』として布教に取り組んでいると自負していますが、新たに『メシヤ講座』にご参加の方々にはこの点を自覚していただきたいために繰り返しお話しているのです。」という記述について、その意味するところの問い合わせを多くいただきました。
このことについては、三重支部の方から「メシヤ様の御精神を現代に求める座談会」へ解り易い書き込みがありましたので、参考にしていただきたいと思います。
次の通りです。
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三重支部です。
今回のメシヤ講座特選集に、『道楽として布教に取り組む』というお話がございました。次の箇所です。
【つまり絶対的な救済力を手にして、『霊主体従の法則』という真理を知った者が歩むべき道を、指導者は自らが範を示して信徒を教導してゆかねばならないにかかわらず、そうした取り組みを怠っているのが現実なのです。そのため浄霊は病気治し(実際は楽になる程度)に終始し、『信仰の奥座敷』へご案内できずにいるのです。また、信徒も御教え拝読不足のために指導者の体たらくを見逃してしまっているのです。これでは『宗教の進歩』を望むことができず、そのため、布教現場では混乱が生じ、要らぬ苦労を背負わされているのです。信徒が『道楽』として布教できない有様なのです。メシヤ教の信徒は『道楽』として布教に取り組んでいると自負していますが・・以下略 】
この『道楽』とは一般的に世間的には良い意味で使われることはあまりないように思いました。そこで、ネットで調べてみましたら、次のように記載されていました。
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道楽(どうらく)とは自分の生活の中に仕事とは別に熱中できる事柄を持ち、それを楽しむこと。 時にはその熱中度が甚だしいがために自分の職業に支障をきたすようになってしまったり生活が自堕落になるものも多く存在しており、そういった者は「道楽者」や「道楽息子」などと呼ばれる。
「趣味」と意味は近いが、「趣味」が比較的上品で、他人に迷惑をかけないものを指す「悪趣味」ということばがあるが、これは「悪い趣味」の意味ではないのに対し。「道楽」には、「酒道楽」、「女道楽」、「ばくち道楽」など、本人の品位を損ね、自堕落になったり、他人に迷惑をかけたり、家庭環境を破綻させたりするおそれのあるものも含まれる。買い物依存症などの依存症も、現代版の道楽といえよう。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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では、メシヤ様は『道楽』ということをどのように考えておられたのだろうかと気になりまして、御教えを調べてみました。私が思っていたより『道楽』というお言葉を用いられており、それも良い意味でお使いになられております。良い意味どころか
『私の性格であろう。換言すれば一種の道楽でもある。(『栄光』二百五十七号、昭和二十九年四月二十一日)』
とメシヤ様御自身の性格が道楽だとまで仰っておられるのです。
『病人の所に頼まれて行く場合にも、楽しみながら行くときは、きっと治りが良い。だから楽に行けばゆくほど発展する。(『御教え集』二九号、昭和二九年一月一五日)』
『私の道楽のようなものです。人が喜んで満足しているのを見るのが愉快でたまらない。(『御教え集』二一号、昭和二八年五月一五日)』
メシヤ教の信徒は『道楽』として布教に取り組んでいる。と楳木先生が言われたことの意味が、このメシヤ様のお気持ちに近づけるよう追体験を目指すことなのだと、ここまで御教えを調べて漸くわからせて頂きました。
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こうした内容を読むにつけ、メシヤ講座で学び合うことを通して、新たな発見や新鮮な気付きを許されていることを再確認でき、喜びや感謝が込み上げてまいります。
詳しい御教えの引用は「メシヤ講座・三重」に掲載されていますので、そちらを参照していただきたいと思います。
「噓の上塗り」とは
また、これと関連して「何故なら“ウソの上塗り”を重ねられてきた方々には繰り返して話さねば、抱えている勘違いを修正できないからです。」ということに対しても質問が多くありました。ウソの上塗りということについては、本部側から「メシヤ様の御精神を現代に求める座談会」に書き込んだ内容をベースにして考えていただきたいと思います。
少し長くなりますが、【『文明の創造』は何故完成しなかったのか(3)】というテーマで書き込んだものです。
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本部です。
前回の続きです。鎌田氏の問い掛けは次のように続きます。
「そうすると、神業が完成していない、ということですか。『文明の創造』というものが、教祖の神業の教えの中心をなすわけですから、教えの中心が自分の生存中に出版されないということは、その神業は完成されていないと見るべきで、メシヤ降誕の祭は何だったんだろうと、疑問を抱かざるを得ません。『文明の創造』の公刊前にそういうことがあるということが、私には理解できません。
『文明の創造』を公刊して、新=真文明の創造、すなわち地上天国実現を世界にも宣言し、教えの芯は確立した、それゆえメシヤとして立つ、ということだとたいへん理解しやすいと思います。」
これに対して教団側編集委員三氏がそれぞれ次のように答えています。
「 『文明の創造』を完成とみるか、完成していないとみるかですが、まさにそのこと自体が今日まで教学的に問われてこなかったのだと思います。『文明の創造』が発刊されなかったその背景はいろいろあると思いますが、突然、教祖の死に直面したという現実が大きかったと思うのです。当時の信徒にとって、生き神様的存在であった教祖が死ぬとはだれも考えていなかった。また、教祖ご自身も『文明の創造』について具体的に指示されていなかったと思います。
しかし、それが現実化した。そこで大きな混乱が起こってくる。その立て直しに必死だったと思います。そうしたなかで、まず二代教主による「神観の確立」すなわち教学の第一歩があった。しかし、当時の現実は、教祖の死によって教勢が激減し、教団の存続そのものが危ぶまれていたのですから、教学の確立よりも、布教の立て直しのほうが優先されたと思います。そちらに目先が行ってしまって、いつの間にか教学が大きく立ち遅れてしまった。『文明の創造』をどうするかが、忘れ去られてしまった、そういう事情が大きかったのではないかと思います。」
また、
「当時の社会情勢も大きな要因があります。昭和31年の新年祭で二代教主は信徒に『今度新宗教の法案改正があるそうでありますが、(中略)うっかり致しますと、新法令の下に縛られまして、肝心な人心改造活動に重大な支障を来したり、又一般世人が宗教を軽視する傾向を招きましては、それこそ国家の一大事であります。真の世界平和は人間各自心の自覚より来るものでなくては真ではありせん。そして、その根底は正しい信仰にありますから、正信を離れて人間の自覚はないと存じます。私共は飽迄も、宗教の神聖と自由を守り、国家が保護を続けてくれるよう、何処迄も要望すべきであります』と挨拶を述べています。
ところが、その同じ1月ある新聞が某新興宗教を糾弾する記事を連日のように載せます。この結果その教団の最高責任者が4月30日に衆議院の法務委員会に参考人として喚問されました。そして、ついに5月から6月にかけて、衆参の法務委員会が文部省の方に、淫祠邪教的なものは解散をさせるように申し出をするんです。その申し出書が、文部省を通じて各宗教団体、都府県知事に通達が来るんです。
そうした矢先の5月に教団が山梨の方で医療問題を起こすんです。それに対して二代教主が、もしこのまますべての御教えを公にしておけば、医療批判、薬害批判などが曲解されて、教祖が世を救うために作った世界救世教そのものが、解散させられるという危機意識を持たれたと思うんです。そういうことから、なんの規制もなく公開されていた御教えを非公開にし、二代教主が許可をしたものを教典として、昭和32年に『天国の礎』が出版されます。
世界救世教のメシヤ教という呼び方も検討されて、昭和32年3月に世界救世(きゅうせい)教に変わるんです。昭和31年から32年の社会情勢というものが、非常に宗教に厳しくなってきた、そういうものが背景にあると思います。昭和31年末には教団の信徒数は四万人を切るくらいになっています。ひとひねりで教団がつぶされるかもしれないという危機感を抱いて二代教主が対応していったと思います。それが二代教主が昇天した37年には信徒数が二十万五千人になり、磐石の教団体制ができます。それにより昭和40年ごろ、『文明の創造』を出版しようという動きがあったんです。当時の藤枝管長が、それまで教主公邸である「碧雲荘」にあった『文明の創造』をコピーして、出版を検討したことがあるんです。しかし当時教団には顧問がいまして、この人が教団の権力を持っていた。その人の反対みたいなものもあって出版できなかった。出版しようという意志はあったんです。」
さらに、
「教祖は単行本、月刊誌『地上天国』や『栄光』新聞に論文を発表していた。まず最初に一冊にまとめたのが『御神書宗教篇』です。そのほか教祖昇天まで出版されていたのが、資格者ご面会の速記録である『御垂示録』。月九回の一般信者対象の面会日に話していた『御教え集』なんです。当時、資格者がそれらを購読していました。ところが布教活動と平行でやることですので、それらを十分読み切るということをしていないんです。
そういうなかで昭和32年ごろの社会情勢が生まれてきて、二代様が「教主教権」による教典編纂ということを言われ、いままで公刊していた『御神書宗教篇』は昭和29年3月に、『御神書社会芸術篇』は昭和30年9月に出版されますが、今後は、二代教主の下に編纂したものを「教典」として公式に使ってほしい。あとのものはみなさんが自分でいただいたものだから、いただいている資格者の人が個人の勉強に活用するのは結構です。ただしそれを信者や一般の人に出すことはしないでください、という二代教主の意向だったんです。二代様が引っ込めたのではないんです。
布教師はどうしても病気治しが主ですから、活字なんか読みたくないんです。それよりも一人でも浄霊をして、献金が集まればいいという感覚が強かったんです。そのため教えが、ほとんど読まれていない体制下のままで来てしまったんです。
『天国の福音書』は教祖昇天の前の昭和29年8月に、『御神書宗教篇』などのなかから、さらに選択して出版したものです。」
こうした遣り取りを目にすると、何故、10年も費やした全集の編集作業と同時進行でメシヤ様の御精神を求めて御教えの集大成に取り組まなかったのか、と、いやそのことに気付かなかったのか、と思えてなりません。
仮に気付いていたとするならば、「体制への攻撃は教団改革するため」という掛け声は名ばかりで改革心が乏しいために断行することができなかったとしか推察することができません。そのため会話の遣り取りが言い訳のように響いてしまいます。教団のことを真面目に考えていた者は言い訳が続き、そうしたことに無頓着な者は次第に軌道を外れて脱線状態になっても平気な顔をして運営に携わっています。これが、三重支部ご指摘の背景事情でしょう。
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ここでの問い掛けは学者という立場からのものですので、本来宗教家が宗教体験として得たものの意味、御神業を進める本来的意義、神幽現の実態というものを説明しなくてはならないのです。ところが「教学的に問われてこなかった」などという言い訳めいた文言を重ねているのです。このことが問題点で、そもそも教導する役割を放棄しているのです。そのことをご理解いただくために長い引用になりました。
また、末尾に指摘した「教団のことを真面目に考えていた者は言い訳が続き、そうしたことに無頓着な者は次第に軌道を外れて脱線状態になっても平気な顔をして運営に携わっています。」という内容を導き出すために、大変長い引用になりました。
しかし、このことが理解できていなければ、前回願いとして記述した「信徒というものは、御教えを魂の糧として賢者にならねば勿体ないのです。賢くならねば一人ひとりが真の幸福者とならないばかりか、メシヤ様が課題として示された『宗教の進歩』ということにも繋がらないのです。」ということの答えを見つけ出すことができないのです。
信徒の皆さんが納得できない教団の紛争状況に対する教団側の答えは、絶えず言い訳のような説明ばかりです。何ら得心するものがなく解決に繋がらないものばかりなのです。また、信徒の皆さんの善意による対応に甘え、平気な顔をして運営を続けてもいます。これが実は「ウソの上塗り」が続けられている現象に外ならないのです。
「ウソの上塗り」を絶えず耳にしておりますと、逆に信徒の皆さんへの刷り込みとなり、知らず識らずの内に精神が汚染されてゆくのです。これが最も恐ろしいことなのです。ですから、認識を絶えず新たにしていただきつつ、教団史を冷静に見極めていただかねばならないのです。
地上天国建設の基礎は家庭の天国化
そこで、「賢くならねば一人ひとりが真の幸福者とならない」ということを裏付ける体験記が「メシヤ講座・大阪(松原勉強会)」に書き込まれていますので、ここで紹介いたします。
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少し前の出来事ですが、とても嬉しい事がありました。
5月の母の日です。仕事を終えて帰宅しましたら、下駄箱の上にきれいな花束が置かれていました。
毎年娘がカーネーションとともにプレゼントをしてくれていましたが、今年は留学中なので、寂しい母の日かと思っていました。
留学前に手配していた?
そこまで気がまわる?
では、一体誰が?
頭の中で色々な思いが交錯しました。花束を手にしながらキッチンに行くと、主人が夕食の準備をしてくれていました。
そうなんだ!主人なんだ!
そうなんです。主人が母の日に合わせて花束のプレゼントを用意してくれたのです。
15年前にT.S会の信仰に入ってから、夫婦の仲は険悪でした。
何度も離婚の話し合いが行われ、最終的にはお互い、思いとどまりましたが、以前の様な夫婦には戻れないまま、私は信仰に没頭して行きました。
一生懸命に信仰していけば、必ず幸福になれる、主人も理解してくれると信じていました。
しかし、現実は反対でした。どこまでやっても、幸福とかけ離れていると感じ始め、T.S会を脱会しました。
その後メシヤ教とご縁を戴き、楳木先生の勉強会に参加していく中で、御教えに沿った思考、生活の改善がなされていったと思います。
気が付けば、難行のような信仰から解放され、天国的な信仰をしていました。
霊体共に救われなくては、本当ではありません。
主人がプレゼントしてくれた花束はこれから、家庭天国が始まる証だと思えました。
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この書き込みをしていただく前に「他の支部では深い学びや奇蹟談が紹介されているのに、ごくごく個人的なことを書き込んで良いのでしょうか?」という問い合わせをいただきました。「是非に」とお願いしたところです。
と言いますのは、ご承知のように地上天国建設の基礎は家庭の天国化にあります。日常生活が幸福へと変化することこそが尊いのであり、その変化が信仰の醍醐味でもあります。
取り分け「気が付けば、難行のような信仰から解放され、天国的な信仰をしていました。」という告白が、メシヤ様の御精神に近付いたことであり、これが真の信仰の姿であるのです。
御神体御奉斎記念式典の意義
ここで表題のごとく「メシヤ様お出ましの『夢物語』をどう解釈するか」の完結にいたしたいと思います。
ここでも「メシヤ様の御精神を現代に求める座談会」に書き込んでいただいた内容をまず紹介いたします。
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三重支部です。
太陽の黒点情報がSWC宇宙天気情報センターのホームページに掲載されています。
先月の4月29日がゼロでそれから徐々に増え始め、なんと、6日後のメシヤ教本部御神体御奉斎11周年を迎えた5月5日にピークを迎えているのです。
そしてその数が77です。
ここでも5(5月5日)、6(6日後)、7(黒点数)と567の数字が出ていますね。
観測値(黒点、F10.7)
最近10日間の観測値
年月日(UT) 黒点数 F10.7
2010年04月28日 12 76
2010年04月29日 0 76
2010年04月30日 12 79
2010年05月01日 13 78
2010年05月02日 47 80
2010年05月03日 61 80
2010年05月04日 70 82
2010年05月05日 77 83
2010年05月06日 45 79
2010年05月07日 24 79
2010年05月08日 23 79
2010年05月09日 0 75
2010年05月10日 0 74
2010年05月11日 0 74
2010年05月12日 0 71
2010年05月13日 0 69
F10.7とは10.7cm(2.8GHz周波数)の波長での太陽からの電波放出の流量だそうです。この流量は、1947年以降測定されているそうです。
太陽表面に観測される黒点の数は約 11 年の周期で増減し、黒点の数が多いときには太陽活動も激しくなるそうです。
現在は太陽周期の極小期だそうです。ですから黒点の数が0になる日も多いのでしょうが、極小期にあって5月5日にピークが来ているということと、11年周期ということと、主之大御神様の最初の御神体御奉斎のメシヤ教本部御神体御奉斎11周年と附合するので、驚きました。
『主の型です。ヽです。このチョンがだんだん拡がって行くのです。』
『ポチのまたポチというような、ちょうど太陽で言えば黒点のようなもので、太陽の黒点というのは太陽の種みたいなものですが、あれが一一年目に拡がるので、見えるのです。』
「主之大御神守り給へ幸倍給へ」とお祈りする家庭が拡がる型であると受け止めさせて頂きました。
【御教え】
『御教え集』一四号、昭和ニ七年一〇月一五日
九月二五日
神様のおやりになることは、すべて型でやっているのです。主の型です。ヽです。このチョンがだんだん拡がって行くのです。世界に、戦争だとか思想問題とか、いろんな変わり事がありますが、あれはいきなりそういうことが起こってくるのではないのです。地球の中心……世界の中心に最初なにかができるのです。なにかといって……ちょうど、植物なら種です。それが拡がっていくのです。絶えずそういう具合になって、世界というものは変化して行くのです。では、そのポチですが、ポチのまたポチというような、ちょうど太陽で言えば黒点のようなもので、太陽の黒点というのは太陽の種みたいなものですが、あれが一一年目に拡がるので、見えるのです。それがまたこう(狭く)なる。そういった周期的にいっているものです。あれが太陽の中心で、それが太陽全体を、あれだけの火の力を活動させている中心です。そういうような具合で世界にも中心があるのです。で、中心というものは、いままで神様は人間に知らせなかったのです。それが時節が来て、その中心が知れるようになったのです。知れるようになったと言ったところで、いまのところ中心が分かるのは私だけなのですが、いずれは世界中に分かるようになるのです。そうしてその中心は、この箱根の神山になるのです。これが世界の中心になるのです。いままで隠されていたわけです。ちょうど、夜の世界で、闇ですから見えない……まあ見せなかったわけです。そこで神山のあんな高い所ではしようがないから、その麓の強羅が中心になっているわけです。ですから、この中心に神仙郷ができたということは、もう世界中が神仙郷になるような時代が来ます。それが地上天国なのです。そうすると地上天国の模型がだんだん拡がっていくわけです。拡がっていくについては、これをこしらえるにはどうしても……藪やでこぼこで石がそこここに転がって、見る影もない汚らしさだった。それをだんだん石を割ったり、よけいな木や草を切って、そうしてきれいにしてしまったのです。こういう形に世界がなっていくのです。そうすると、世界には雑草もあるし、邪魔な木もあるし、割らなければならない岩もありますから、その大清潔法……大掃除が始まるわけです。で、つまり地上天国の模型が拡がるのと、掃除するのが一緒になっているのです。掃除ができただけずつは、いろいろな家をこしらえたり、庭の形を作ったりしてやっているのです。最後には、美術館なんていうきれいな美しいものができるということになる。ですから神仙郷ができたということは、とにかく地上天国がもうできたのです。霊界ではドンドン拡がりつつあるのです。それがいまに現界に写っていくのです。そこでいわゆる破壊と創造が実現するということになる。だから第三次戦争もあるでしょうし、それから病気が非常にはやって、バタバタ人間が死ぬということも出てくるでしょう。で、それがメシヤ教によって救われるのです。救われるといっても、みんな救われるわけではない。讐えてみれば、この中で残つた木は、立派に手入れをして眺めるようになりますが、かえって邪魔な汚い木は伐ってしまいます。そういう……木としての犠牲ですが、そういうことも現われるのです。あるいは伐られる木のほうが多いかもしれない。で、神仙郷のことはそれくらいにしておいて。(以下略)
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御教えが添えられていますので、説明の必要はないと思います。
主神様の御神体を初めて御奉斎させていただいてから十一周年の記念祭に、源である太陽の黒点にこのような変化があったという事実。その「黒点情報」が意味するものを厳粛に受け止めねばならないと考えました。
そして、主神様の御神体に「主之大御神守り給へ幸倍給へ」とお祈りすることが、幾重にも尊いことであるかということを思い知らされたのです。これが「夢物語」の完結です。
「祈りの栞に寄せて」の17ページにご紹介しているメシヤ様のお言葉『表現し奉る言辞もなく、文字もなく、ただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根源であると申すよりほかはないのである。』に帰するのです。
『文明の創造』を仕上げる最大の願いは御教えの集大成
こうした精神の高まりを許される中、『文明の創造(一)』を校了したことを報告いたします。予定通り「地上天国祭」で頒布できる運びとなりました。この編纂、校正の作業を進める中で感じたことを「メシヤ様の御精神を現代に求める座談会」へ書き込みました。
最後に付記いたします。
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本部です。
研鑚資料『文明の創造(一)』を校了しました。
編纂・校正作業を重ねる中で「岡田茂吉全集」もチェックする機会が増えるのですが、その中で、外部の専門家が疑問を呈していることが「何故『文明の創造』は完成していないのか?」というものです。編纂の担当者と語り合っているのですが、教団側の見解が曖昧なので何度となく問い掛けられています。
研鑚資料『主神様とメシヤ様』の「はじめに」でも触れましたが、メシヤ様が実質的に気兼ねすることなく御発言できたのは『文明の創造』を御執筆になられる時期であります。それまでは慎重な表現を心掛けられていました。ですから、『文明の創造』を通して御教えを集大成されようとなされた、と拝察することができるのです。
外部の専門家も全御論文、全問答形式御教え、全詩歌に目を通す中でそうしたことを感じて問いかけを行なっているのです。
この集大成ということが、『文明の創造』を仕上げるという計画の最大の願いです。『文明の創造』を御執筆になられながら御面会時に御講話されている内容にその全体像が示されていますので、それを拠り所に今後とも着実に歩を進めたいと計画しています。
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(追伸)続々・政局に関すること
前回に続いて、政局について心に留めておいていただきたいことを述べておきます。
「普天間」問題の推移はご承知の通りです。鳩山首相の動きについてまともだと思えることを野中広務氏が6月2日付の読売新聞で述べていました。
「(前略)首相もこの数か月、大変な思いをして、ようやく事の重大さが分かったのだろう。
だが、沖縄県民は振り回され、深く傷ついた。厳粛な反省の上に、いかに信頼を取り戻し、辺野古移設を早く実現できるよう努力するかが首相の責任だ。首相に退陣を求めている場合ではない。民主党の小沢幹事長もこの問題の経緯をよく知っているはずなのに、県外移設をにおわすような発言をした。小沢氏も混乱の責任を免れない。
首相は辺野古と決めたのだから、県民に謝罪し、理解を求めて温かい心配りをし、米国の信頼にも応えなければならない。官僚から過去の経過、意見をきちんと聞き、その中から政治家が決断するという正常な形に戻すことも不可欠だ。
秋には沖縄県知事選がある。移設問題は、これまで辺野古受け入れを掲げていた中井真弘多現知事でないと収拾できないだろう。知事に引き続き頑張ってもらう態勢を今から作らないといけない。先に知事を支えた自民、公明両党に加え、沖縄に混乱をもたらした「しょく罪」として、民主党も支援に回るべきだ。国家国民のため、与野党あげて新たなスタートを切ってほしい。」
すでに鳩山首相が辞任し菅新首相に引き継がれたので、この論調の存在は消えてしまいました。しかし、様々な論調に耳目を傾ける中でぶれない見方の一つと感じたので、敢えて紹介いたしました。
退陣については御厨貴(みくりやたかし)東大教授が「自ら決断することがなく、多くの矛盾せる勢力を方向づけることなく抱え込んできた鳩山首相は、去り際に続けざまに決断をし、抱え込んできたものを払いのけた。福島社民党党首の閣僚罷免と小沢幹事長の同時辞任のカードを切ったことである。散り際の美学ともいえるこのやめ方は、直近の自民党3代の首相のやめ方とは明らかにことなっている。(6月6日付読売新聞)」と述べ、退陣の分析と菅新首相の課題を提起しており、中々良い論調なので付記しておきます。
なお、菅新首相が「お遍路」の旅をした心境で重責を担ってゆけばよいが・・・とも考えるところです。
政治家はもとよりマスコミの論調も国益を考えた上でのものにしてゆかねばならないことを、昨今特にお伝えしておりますが、絶えず大局を見据えて日々の報道に耳目を寄せてください。
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