『文明の創造』発刊の御用に携わって

三重支部 濵口博幸(元世界救世教主之光教団)

 

本日は新本部竣成おめでとうございます。広い御神前にいっぱいの人に私達にはこんなにたくさんの仲間がいるのだと、嬉しくなりました。

このような素晴らしい日に発表の光栄に預かり、感謝申し上げます。

 

神定めの地に新本部

さて、新本部の地名は玖珠郡玖珠町大隈倉園(くすぐんくすまちおおくまくらぞの)だそうですが、メシヤ様は

『天ケ下 大神光(おおみひかり)に隈(くま)もなく  浄めますとき いよいよ来にける』

というお歌をお詠みになっておられます。『大神光に隈もなく』と新本部の地名大隈が読み込まれています。

また、御倉板挙の神様に関して、学習院大学吉田敦彦教授の説によりますと、

「稲だけが「たなつもの」と呼ばれて、ほかの穀物と区別されたん です。タナというのは、もともとは稲の種を呼ぶ言葉だったわけです。だから、御倉板挙というのは、翌年、種としてまかれるまで倉にしまわれている稲の種を意味する、そういう神様としての意味を持っていたわ けです。」「皇大神宮の内宮の御正殿は、稲を納める倉の形をしているわ けです。だから、御倉板挙の神というのは、まさにそういう神様をお祀りする場所として考えられていた倉に納められて、翌年、種としてまかれる稲の種の神様なんです。」という論説が ありますし、

<シンポジウム「東西文化交流と比較神話-日本神話と比較神話」より引用  http://www.wako.ac.jp/souken/touzai02/tz0203.html>

以前『メシヤ様の御精神を現代に求める座談会』で紹介いたしました内容に、

〝ミクラタナのタナとは、天文(天体の諸現象)という義である。大御神の大宮殿を指して、ミクラタナというのである〟とあります。

倉園という地名も最高最貴の神様の御鎮まりになる、神館としてふさわしいと思いました。

まさに、浄霊の大神光(おおみひかり)を持って世界中の隅(すみ)から隅(すみ)まで浄めて行く出発点に今、立っているのだと 心を新たにさせて頂いた次第です。

 

『文明の創造』との出会い 

主之大御神様の御神体が初めて御奉斎になったのは平成十一年五月のことですが、私はその頃ある先達の主催する御教え研鑽会に参加しておりま した。

そこで初めに学んだことは、「メシヤ様の御教えは神様の言葉である」「メシヤ様御昇天後の現代ではメシヤ様のお言葉である御教えを拝読し、 信仰の規準とすべきである」ということです。

これは、メシヤ教が今、『メシヤ講座』『メシヤ様の御精神を現代に求める座談会』として取り組みを続けていることに通じます。

その頃、最も学びの中心とさせていただいたのがなんと、『文明の創造』だったのです。当時は〝多くの教会長達に混じって研鑽するとは場違い なところへきたものだ〟と、感じていました。まさか、十年以上たって、このような形で『文明の創造』の校正作業に取り組ませて頂くことに なり、あの時の経験が、今回の御用にお使い頂ける基盤となる布石であったとは、メシヤ様の御心の深さには驚愕いたします。

自らの意志でメ シヤ教に入会したように思っていても、十三年も前に既にメシヤ教で楳木先生の指導の下、『文明の創造』の校正の御用で、メシヤ様にお使いただくという使命があったと、その時にはわからなくても後から神恵(みめぐ)みに気付かせていただけるものなのですね。

さて、その『文明の創造』が愈々地上天国祭に合わせて発刊の運びとなりました。三重支部で、当初より校正作業の御用に支部をあげて取り組み、感じましたことをお話させていただきます。

 

メシヤ様が『文明の創造』に託された想い

はじめに、『文明の創造』に対するメシヤ様の想いはご講話の中に幾度も見つけることができますので、少し紹介いたします。

『まず、世界の識者の目を醒ます。そうして段々浄霊なんかも世界中の人間がやるようになります。それではじめて人類は根本的に救われる訳です。(御教え集3号、昭和26年)』

『現 在までの文明は根本的誤謬の文明であって、真の文明ではない事を知らせんがためである。   (真文明とは何ぞや昭和26年)』

『真 文明の設計構想を指示したものである。(信仰とストライキ昭和27年)』

『エホバの聖書なのです。今度は親父のバイブルです。(御垂示録第12号 昭和26)』

『相当センセーションを起こすつもりです。世界的の医学革命ですね。病をなくすと言う一つの表面的の活動になるわけです。(御教え集二号、昭和二六年)』

し かし、このようにメシヤ様の想いの籠った『文明の創造』をはじめとして殆んどの、御教えを世界救世(きゅうせい)教は封じ込めてしまいま した。岡田茂吉全集が刊行されたとはいえ、手にすることができたのは、一部の会員に限られます。故に『文明の創造』の発刊は、メシヤ様を 世にお出し申し上げる御用に他ならない。と私は信じています。

 

還暦の型

『ある高位の神様の魂が宿られた、すなわち右の御魂が現世に生誕された事になるのである。これからこの神御魂(かむみたま)が段々御育ちになり、成人されるに従って、玉の光は漸次輝きを増し、将来大偉徳を発揮さるるに到るのである。(一つの神秘 栄光83号 昭和25年)』

この神秘は、昭和二十五年(1950) 年六月十五日のことです。そして、六十年後の還暦をお迎えになられた平成二十二年(2010)六月十五日、メシヤ教の地上天国祭で、ミクラ タナの神様の御神名を明かされると時を同じくして、『文明の創造(一)』が研鑽資料として発行されたのです。

こ のことは、メシヤ教はメシヤ様を世にお出し申し上げるという、素晴らしい型を示せたということではないでしょうか。

 

メシヤ様と御尊称申し上げる

『要するに私というものが分かれば良い』と奈良公会堂でのご講話で、

『メシヤ様のことがわかれば代理として立派に力をふるい仕事が出来る。 栄光258号、昭和29年』

と御教え頂いております。それには、まず、メシヤ様と御尊称申し上げる人が増えていかなければなりません。

 

メシヤ様の御神格を認識し魂を授かる 

それから『妊娠を唯物的に言えば男性の精虫一個が女性の卵巣に飛び込み胚胎する。之を霊的に言えば神の分霊が一個の魂となって宿るのである。』と『文明の創造』の一節に出ています。

また、メシヤ様が瀕死の先達の子供に浄霊をし、『私の生霊(いきりょう)を入れておいたから大丈夫』と仰ったということが、「明主様と先 達の人々」で紹介されています。

この先達のもう一人の子供が、後に岡田茂吉全集編纂の御用を担ったと、聞き及んでいます。

これらのことを総合して拝察させていただきますと、メシヤ様の御神格を認識して、メシヤ様に直(じか)に太く繋がり、浄霊をさせていただけば、因縁の御用を担う人は、浄霊によりメシヤ様の魂を授かることができるということではないのでしょうか。

 

過ちに気付いたらお詫び申し上げる

私 達は完全な人間ではないので、時に過ちを冒してしまいます。『文明の創造』を手にした人々は逸早くその過ちに気付き悩み苦しみます。しか し、メシヤ様は贖罪主ではなく赦し主なのです。キリストをも赦す権能がおありなのです。過ちに気付いたら、御神前に額づきメシヤ様にお詫び申し上げ赦しを希(こいねが)いましょう。そして、メシヤ様が『文明の創造』に託された想いを受け止め、共に手を携えて、メシヤ様の御 用にお使いいただこうではありませんか。

 

魔を破る突破口

先日参拝された方が、表札を見て「濵口」という名前は「破魔口」魔を破る口ですね。と仰いました。世の中の魔を破る突破口の御用をもさせていただいているのだ。ウカウカしていられない。と、その言葉を聞いて、心を引き締めた次第です。

 

メシヤ様直接の御奉仕を追体験

『文明の創造』の校正チェックを楳木先生と支部の方々と行っていると、メシヤ様がお守りを御揮毫されている のを奉仕者が手伝っている情景が頭に浮かび、追体験をしているような感覚になりました。

メシヤ講座での楳木先生の次の御教導を思い出して嬉しくなりました。

「信仰形態とは、メシヤ様の御姿勢、御決意、弛(たゆ)まぬ御行動を追体験させていただくことに外なりません。メシヤ様の御言葉『いよいよの時、初めて諸々、浄まった者それぞれに因縁通りに諸々の御用を申しつける。神格をいただける者もいる。その人によって御用は変わる。』に 照らして、追体験は私達のレベルで神格を有することへの道を唱導していただけるものなのです。」

 

誠心の御奉仕に感謝

幼い子供を育てながら、寸暇を惜しんで期限に間に合わせようと作業にあたって下さった方、パソコンが使えず、老眼鏡をかけなくては小さなルビが読めないのに、手書きでビッシリ抜き書きして下さった方。自然農法を学んで少しずつですが、取り組み始め月次祭の都度お供えして下さる方。最近では、参拝の都度幼い子供と一緒に支部の清掃奉仕をして下さる方も現れました。御体が不自由で二階の御神前での参拝は一苦労な のですが、御家族の御祈願のため、毎月欠かさず参拝される方。奉仕の内容は人それぞれですが、活気が出てきたと思います。皆様の誠心の御 奉仕にただただ感謝申し上げます。

 

『日月地』御書授かり御神業益々力強く

先日は、御神業に臨む支部の皆様の真摯な姿勢に神様からの思わぬ御褒美がありました。

『日月地』の御書(お軸)が入手できたのです。『五六七』のお額はございましたので、これで経緯(たてよこ) 揃ったわけです。

『即ち日は火素の根源であり、月は水素のそれであり、地は土素のそれである。即ち、経とは天から地まで、太 陽、月球、地球の三段階となっているのであって、日蝕の時、日月地が経に三段になっているにみても明かである。(明日の医術 昭和17年)』

今、 金環日蝕が話題になっております。今月の二十一日に、日月地が整然と並ぶ金環日蝕は全国で見ることが出来ます。本州で見られたものとして は、実に129年 ぶりの金環日食となるそうです。

そういう天体の運行と時を同じくして『日月地』の御書が入手できたことに感慨一入(ひとしお)でございました。

『日月地の 深き恵みに幹太り 枝繋るがの我神業かも(地上天国 57号S29. 2.25)』

のお歌の如く、いよいよ発展の兆しあり。と、受け止めさせていただきました。

 

「布教三訓」の縁(えにし)

最近、ある方がネットを通じて繋がってこられました。その方は景仰に掲載されておられるメシヤ様の直弟子の平本先生からお光を拝受されたそうです。そのことをお聞きし、「明主様と先達の人々 世界救世教発行」を調べてみて驚きました。

平成二〇年四月、三重支部の発会式で、支部責任者として挨拶をさせて頂いた「布教三訓」のお言葉をメシヤ様 から直接賜った先達が平本先生だったのです。

発会式での挨拶内容は、『布教三訓』『るナ三訓』を極めてゆくと、御神業は『遊行観音』の振る舞いの如くである、ということが肚に落ち、肩 の力が抜けてゆく。そして、御神業は楽しくて仕方ないものとなる。メシヤ講座の『景仰』を如何ように拝読するか・・で楳木先生が御指導下さったことです。

『布教三訓』とは

◎メシヤ様と共同 作業をさせて頂く。

◎恩は着るべし着 せるべからず。

◎寝食を忘れてやりなさい。

『るナ三訓』とは

威張るナ 怒るナ  早まるナ です。

自らに言い聞かせ腹に入るように、朝拝の時に唱和させて頂いております。と三重支部の信条を述べております。

現在は、『文明の創造』を拝読させて頂いておりますので、朝拝では唱和しておりませんが、支部のモットーとするところに変わりはございません。

この『布教三訓』は『景仰』の中では「恩は着せるべきものではない」と題して、次のように掲載されています。

「私は昭和十六年四月一日、当時の資格を拝受して、いよいよ布教に専業することになりました。その時、「どのような心構えでやらせていただい たら、よろしいのでしょうか」とお伺い申し上げました。メシヤ様は、『寝食を忘れて人を助けることです。しかし、恩は着るべきものであって、着せるべきものではない。いつも私と共同作業であることを忘れないことです。その心構えでやればよいのです』と ご教示下さいました。それ以来、このお言葉が私の布教信条となっております。(布教師)」

布教師としか記載がありませんので、先達のお名前を存じ上げませんでした。それが、平本先生からお光を拝受された方の参拝によって、調べる 機会を得て初めて知ることが出来たのです。

もう一つ、先ほど紹介した座談会への書き込みの中で、支部が中々発展しないことへの焦りを楳木先生に吐露したのですが、『景仰』に『ないなら〝ない〟と報告すること』と題して次の掲載がございます。

私が山口県の萩へ行きました当初、全くの行きたてで、信者が出来ないのに、報告書を出せとメシヤ様がおっしゃったんです。

それで「いまのところ、ひとつもありません」と申し上げたんですが、『あってもなくても、私の代理で行ったからには、ないという報告でもしろ』ということで、ない報告でも一年 間つづけました。

それからです。満一年経ちましてから、「満一年させていただきましたが、どうしても萩はだめです」と申し上げましたら、『あんた、神様のようなことをいうが、だれがだめと言ったか。一年間ない報告でも、報告は間違わないでよこした。あれはあんたが神様に試されたんだから、今度帰ったら、もの すごく発展するぞ。これからだ』といって叱られました。萩が発展し始めたのはそのお言葉をいただいてからですが、あの時はふるえ上がりました。(教会長)

この教会長も平本先生なのです。

メ シヤ様と先達の逸話は、私達に布教の原点を、生き生きと語ってくださいます。そして、先達もまた悩み、焦り、行き詰っていたのです。

しかし、メシヤ様の御言葉を真っ直ぐに受け止めて正直な布教をしていくことで発展をさせていただくことができるのだ。と心を強くさせていただけました。

『布教三訓』『るナ三訓』を今後も三重支部の信条として、御教えを伝え、救いの場を提供し続けてまいります。

思いますに、メシヤ様に直接御面会が許されない現代では、御神前で『御教え拝読』『浄霊の御取次ぎ』をさせて頂くことがご面会なのではないでしょうか。

『文 明の創造』を聖書としてメシヤ様の共同作業にお使いいただけるよう心して取り組んでまいりますので、みなさま今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

本日は誠におめでとうございました。

 

[御蔭話(御神業の変遷)新本部俊成祭 012(平成24)年5 月5日]

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