<今月の御教え>
「明主様(メシヤ様)と御対談(二)」
【メシヤ講座 浜松支部】
メシヤ講座no.116の御対談を拝読して
楳木代表
今回の対談記の中で、先ほどのマークしていただいた箇所は入信教修の第一講の主要部分になるところですから、暗記する位まで繰り返し拝読していただきたい、と願っています。そうしていただけると、自分が更に幸せになって行く道というものが明確になると思います。
○○君、新聞をだいぶ読まされているのかな?
参加者
今日も少し読んできました。
楳木代表
大変よろしい。
参加者
子供が「子供の新聞じゃないから、読みたくない」と言うのですが。
御教え拝読すると暑くなる
楳木代表
そう思えば読まなくても良いし、将来のために読もうと思うのなら読めば良い。その代わり偉そうな事を言うようなら、「子供なのだから偉そうなことを言うな!」と言えば良いのです。新聞を読む自覚ができてくれば、偉そうなことを言っても新聞などを読んだ上で話しているのだから「なるほど」というようにして行けば良いです。全体像を見て、一面だけを見ていろいろ言っても駄目だしね。その子の全体の生き方を見ながら。まだ子供だということで意見を切って捨てる場合と、充分勉強をしたうえで話しているところはそのように尊重すると。
それがわかるためには親が絶えず勉強をしておかないといけません。
それは、すべて自分の学びにかかっているのだ、という風に思って実行したら良いです。
話は変わりますが、このように冷房をかけていただいていても、ご参拝をしたり、御教えを拝読したりすると、やたらに暑いね。最近、どこの支部でも顕著になってきました。メシヤ様の話をするとものすごく暑くなってきますね。ご参拝をするときが一番暑いのだけれど、御教えを拝読していくと、身体の表面は冷房で涼しいのだけど、内側から暑くなっていくね。大変有難い時代になってきています。
参加者
先日御守護をいただいたので、その報告をさせていただきます。
楳木代表
毎月御守護をいただいていますね。
緊急の時にはすぐ浄霊を
参加者
一度寝たのですが、顔を洗ってから化粧水を塗っていないことに気がついたので起きました。終って部屋の襖を閉めるときに思いっきり閉めたら、襖と柱の間に指を挟んでしまいました。声も出せないほど痛く、自分でも指先の関節のところだったので、折れてしまっているかなとも思いました。パジャマ姿でしたが御神前にお参りして、自己浄霊をしました。涙が出るほど痛かったのですが、少しずつ良くなってきて、一時間くらいしたら何も痛くなくなりました。(月次祭ではお話しませんでしたが、その後、すぐに感謝献金を上げさせてもらったそうです。)夜もよく寝ることが出来ましたし、とてもひどく挟んでしまったのですが、次の日も全然痛くありませんでした。普通にしていたら何も痛くないのに、仕事では、手を使うと痛くなりました。今までは指のことなど気にした事もありませんでしたが、毎日こんなに5本の指を使っているとは気がつかず、このことで指の大切さを改めて感じました。本当に有難いなと思いました。
楳木代表
本当ですね。それはよかったですね。関節というのは、打ち方によっては潰れてしまうから。
これは、三つの大きなことがあるからね。一つは、ものすごく痛かったので、神様によく御願いをして御神体のまえで一時間近く浄霊をいただいたこと、これが先ず一つ。また、普段だったらそんな閉め方をしない、また化粧水をつけることを忘れて普段と違う事をしたということは、頭に曇りが発生していたのです。だからその曇りを痛みの怪我で浄霊をいただく事によって、痛みがとれるだけではなくて、頭に曇りがあるという事を自覚して、また新たな気持ちで浄霊をいただく事ができるということが次にあります。
そして、今回のことでご自身が気づいた事が貴くて、指は5本ないと駄目だと言う事に気がついたので、日常生活に感謝の生活を営んでいく事が出来るということです。そうすると、仕事上で、今まで結構腹を立てて仕事をしていたところがあるでしょ。カリカリしていたところが。それがそのように怪我をすることによって、指は5本ないといけないのだという事を思って感謝の生活をすると、感謝している時間にはカリカリする気持ちが起きないのだから。そうすると自分の生活が御守護に包まれてゆきます。この3つを確認して今回の浄化を通して肚のなかにしっかり入れておかないとね。パジャマでも何でも、下着一枚でも、そのように緊急の時にはすぐ浄霊をしたほうが良いということが大事なのです。
そういうふうにして、今回の三つのことを整理して肚のなかに入れておいてもらえば、今後も一層活かされていくのではないかなと思います。すぐに浄霊したのが良かった。支部で祈願参拝をしたときには、最近頭に曇りが発生している可能性もあるので、こういう怪我をした事をきっかけに頭を良く浄霊してくださいと御願いして浄霊をいただいてください。2ヶ月立て続けに大きな御守護をいただいているからね。
足の指もそうだね。みんな意識してないけれど、指がなかったら歩けないから。丸太棒だったら。だから人間の体というものはすべて必要があってあるのだということです。形の良い、悪いはあるけれど、全部が必要なのだということを充分に受け止めて、感謝の生活をしていただきたいと思います。
夜の時代の癖をとるには
参加者
感謝の生活という事ですが、頭ではわかっているのですが、どうしてもイライラしてしまうときにはどうすれば良いですか?
楳木代表
これは我々が御浄霊をいただいたり、取り次いだりするときの最初、初心者的な浄霊というのは、体を良くしていただきたいために浄霊をいただくのです。体の具合が悪いからね。浄霊を今みたいに浄霊すると、駄目かもしれないというほどの痛みでも、痛みが消えて、そして仕事や生活が出来るようになる。「この浄霊は有難いな」というのが浄霊のスタートです。
そして、「しかし、これだけの光がどうやって出るか」ということに思いが行きます。そこで、地上天国祭からずっと勉強しているのがメシヤ様の腹中に存在する光の玉に〈ミクラタナの神様〉が御宿りになったから、絶対力がさらに出てくるようになった、ということがわかったのです。では〈ミクラタナの神様〉はどういう御存在かということを更に勉強していくと、宿った姿そのままが御神体の御姿になってくるのです。で、その御神体そのものの御姿がメシヤ様の腹中に御存在して、そこが救いの根源であるという思いを更に持って、そしてそれだけの光を出してくださる方が説いた御教えというものが真理であるというところへ次の段階としてあります。
するとその御教えを日々勉強して自分のものにしていくということが次の段階の信仰ということになってきます。その信仰をし始めると、次にはどういうことを考えなくてはいけないかというと、我々の諸問題は、生活上の問題や、社会の問題はどうして問題が起きているのかということです。例えば、自分の問題はイライラすることだけれども、抑えられない。どうしても感謝しなくてはいけないのにできない。どうしたら良いかと。これは『夜の時代』に染み付いた精神のクセなのです。3000年前に夜の時代になって、夜の時代を生き抜くための精神のクセが、ずっと3000年間染み付いてしまったのです。それが今の自分の中には色濃くあるのだから、頭では感謝しなくてはいけないとわかるのに、どうしてもできないと。
これは染み付いたものだから、この染み付いたものを取るという作業を御教えに基づいてしていかないといけないのです。
すると、この取る作業はどのようにしてやっていったら良いかということになります。例えば、それぞれお持ちのノートに半分、線を引いて、左側なり、右側なりに自分のことを書いていきます。「私ってこういうクセがあるよな。」「すぐに人を怒らせてしまうな。」「要らん事をつい口にしてしまうな。」とか様々な事があるでしょ。それに気づいたら、どんどん書いていくのです。そして、次の段階では、それに合った御教えを探すのです。そうすると、今のように感謝しなくてはいけないという事がわかっている人には『人間は想念次第』という御教えがピッタリだから、これを毎日、朝夕拝のときに拝読する御教えの後に「これから自分の課題の御教え拝読をします。」と言ってそれを必ず拝読する。『感謝が感謝を生み、不平が不平をよぶとは正に真理だ。何となれば感謝の心は神に通じ、不平の心は悪魔に通ずるからだ。・・・』という風にして、自分に言い聞かせていくという作業をしていかないとそこは全く変わりません。
しかし、そういうことを心掛けても、またいざ子供達がうるさいことをいうと、カーッとしてしまうから、今度はこれをどうするかというと、日々相互浄霊をしたり、支部にお参りに来て浄霊をいただいたり、月次祭での集団浄霊のときに、その自分のクセのところに光をいただけますようにという想いで浄霊をいただいていく。するとそこに光が当って、夜の時代のクセが光によってスーッと染み抜きされます。
浄霊というものは、そこまでいった時により高度な浄霊になってくるのです。初心者の浄霊から段々上がっていって、自分の『夜の時代』に染み付いた精神的のクセを取り除く浄霊をいただくということになっていくのです。そうすると現実的にその浄霊のいただき方ができるようになってくると、地上天国建設にやっと繋がるのです。その積み重ねが現実に移っていくと家庭が天国になっていくのです。だから家庭が天国になっているか、なっていないかを 見つめたときに、なっていない分、そのクセがまだ取れてないのです。そういう浄霊のいただき方を同時していくことによって『昼の時代』に相応しい人間になっていくのです。
【「祈りの栞」に寄せて】より
『七、日々の生活』
信仰を何のためにするか、ということを少しずつご理解願えたことでしょう。
神中心の生活、先祖を大切にする生活は、太古の昔から続けられてきた貴いものです。現代社会が抱える諸問題は、そのことを忘れて、人間が勝手な生き方をするようになった為に発生しているのです。ですから本来の生活を取り戻せば良いのです。 ところが、前項でも触れましたように、私達に精神の癖がある場合、中々実行に移せないのです。「相手の言葉を素直に聞き入れられない」「自分だけやったって…」「私だけ悪いのではない」と言った心の癖です。また「自己犠
牲」より「自己充足」を大切に思う心。責任転嫁。身内贔屓(びいき)。数々あります。
これら「心の癖」とは、前世の生き様、霊界での生活、また育てられ方、出会った人からの影響等々、宗教を忘れてからの三千年来の間に染み着いた「シミ」 のようなものです。しかも厄介な事は、無意識に生じる心の反応であるということです。深層心理と解釈しても良いでしょう。自らの周辺に起こる事象に対する無意識の価値基準、行動規範として潜(ひそ)んでいます。
この「心の癖」を取り除くために用意された徳目(とくもく)等も、心の癖によって実行に移せない場合が多いですし、実行できてもちょっと油断すると元の木阿弥(もとのもくあみ)となってしまいます。課題をもって努力しても、心の癖はジワリと浮き出てくるのです。
浄霊は、人間の努力とは別のところで、直接心、魂に光を当てて、それを取り除いてしまいます。大変な効果です。よく「性格を変えていただいた」 と御守護報告があるのは、そのためです。簡単すぎて、かえって有難味がないと感じるかも知れません。
不断にしっかり浄霊をいただけば、必ず結果がでてまいります。その上で重要な事ことがあります。それは、心の癖を取り除くと共に、新たな発生を防ぐように努めるということです。防ぐには「自分中心の生活」から「神中心の生活」 へ切り換える必要があります。
メシヤ様の光を注いで、結果はメシヤ様にお任せする
楳木代表
もっと行けば、地上天国に住む事の出来る人間になっていけるということで、これが天国天人になるということです。そういう浄霊にステップアップしながら、日々の生活の送り方もそのようにしていくと、非常に良い浄霊のいただき方、取り次ぎ方になっていきます。親子で浄霊するときにも「お母さんのこのクセに光を当てよう」と思えば良いのです。そうしたら愚痴る必要が無くなってくるのです。「もう、お母さんたらいつもこうなのよ」なんて言う必要が無くなってくる。そんなことを人に言う暇があったら、そこへ光を当てていけば良いのです。だから自分の子供に対してもそうです。月次祭に来る前の晩には「先月こんなことでみんなに迷惑をかけたから、今月はそういう事にないように」ということで浄霊をすれば、当日注意しなくても段々良くなってきます。そういう積み重ねの御浄霊をしてください。
しかし「こうなったら良いなあ」という浄霊の仕方は、またよくないのです。だから光をそこに当てるという事です。光をクセのところに当てて、クセがなくなるというように。子供たちがうるさいのも、クセなのだから。精神の。だからそこへ光を当てるのです。親の願望ではいけないのです。だからここでメシヤ様が、『貧乏も政治汚職も曇りですから、病気と一緒です。』と仰っています。曇りの清算ということだから、そこに光を当てていくと、そういうものをすべて浄めていただければ良い方向におのずと変わっていきます。しかし病気も「よくしていこう。」と思って浄霊すると良くないというでしょ。
ですから、どこまでもメシヤ様の光を注いで、結果はメシヤ様にお任せする、という姿勢でないと良い結果には繋がっていかないということになるのです。是非その辺を参考にして取り入れて、今日からやり始めていただきたいと。そのように思いますね。
【御教え】『信仰の本筋』「栄光」百十四号、昭和二十六年七月二十五日より
信仰は常に言う如く、第一神様に御委せするという心持それが根本である。だから徒(いたず)らに人間の解釈で、事を行ってもうまくゆく筈がないのである。といっても正しい意味での努力が肝腎ではあるが、勿論本教御主宰の大神様は、絶対の力を以て御守護下さるのだから、神様の思召にさえ叶えば、どんな御守護でも頂けられるのは当然である。左のおかげ話〔略〕は、寔(まこと)にそれが如実(にょじつ)に現われているので、いい例と思って此(この)文を添えたのである。何しろ病貧争絶無の世界を御造りになるという神様であるから、万一思うようにゆかない場合は、よく反省して考えてみれば、必ずどこかにその原因のある事が覚(さと)り得るのである。
自分自身を変えていく
参加者
主人には浄霊ができないのですが、浄霊を御取り次ぎすることのできる家族から変わっていって、主人も変わってもらえるようにすれば良いのでしょうか?
楳木代表
だから、人を変えようと思うとそうなってしまうから、自分自身を変えていくのです。主人に理解がなければ、それは一番良い存在なのです。自分にとって。砥石だから。『夜の時代』の精神のクセをとる一番良い砥石だ、と受け止めて思えば良いのです。「一緒に協力してくれたら良いな」という願望があっても、それは相手の気持ちもあるから、それを無理やり信仰のほうへ引っ張ってくると、嫌々来るようになったりするから、そういうことはしないで、とにかく「主人がいる
から私が磨かれていくのだ」というように捉えていけば、何時の日か主人もなにか考えていて「最近うちのかみさんえらい…。」ということになってくるかもしれない。
参加者
私は浄霊を取り次ぐときに「魂が浄まりますように」とおもいながら浄霊を取り次いでいます。他の事を考えてしまいそうになるので。それで良いのですか?
楳木代表
魂ではなく霊を浄めるのです。魂だと小さいから。我々の体からいくと1000分の1だから。1000分の1のところを浄霊するのはちょっと難しいから。だから霊が体に充満しているから、それでずっと順番に浄霊をしてゆくのです。浄霊は文字通り、霊を浄めるという事です。
参加者
先ほど楳木代表が「(対談記中の)ここは繰り返し拝読してください」とおっしゃったところを拝読して、知らない間に自分も罪を作っていて、それが曇りになって今の生活があるのかなと思いました。言葉や行動を良く考えないと、無意識のうちに罪を作ってしまっていて、霊籍が下ってしまうので、気をつけないといけないなと思いました。
楳木代表
ここは繰り返し拝読して、肚に入れるようにしておかないといけないね。今はだいたい頭の中で理解できているから、今度は肚に入っていくように何回も何回も繰り返して。
参加者
不思議ですね。自分の魂が霊界の中に入っていると思うと。
楳木代表
いや、入信教修で教わったでしょ。受けてないの?
天国、中有界、地獄とあるでしょ。霊界にある魂のことを幽魂といいます。そして人間の魂の、この大体眉間の奥にある魂を現魂といいます。現界の魂。そして、その現魂と幽魂が幽線によって繋がっています。いわゆる霊線です。これが繋がって、これが上下することによって幸せになったりいろいろな事が起きたりするのです。この根本的な事がわかっていないというのは大きな問題ですね。
現魂がここに(眉間の奥)にあるから、集団浄霊の時には全員の額に同時に入っていくというのはそういうことです。そして個人浄霊の時には、ここ(眉間の奥)に向かって一番最初に浄霊をして、あとは順番に真ん中、相手の左、右としていけば良いのです。現魂と幽魂だけよく覚えておいて。我々は現魂で霊がある、肉体がある。この現魂から霊界には幽線で繋がって幽魂がむこうにあって、この幽魂が霊界で天国にいったり地獄に行ったりするのです。だからここでメシヤ様のおっしゃっているのを読むとほとんどみんな地獄にいるのだと。だから悪いことのほうが多くて、良いことが少ししかないという状況なのだと。これが仏教で言う「棒ほど願って針ほど叶う」という事です。要するに棒のように願っても、針の先くらいしか叶わないのだということです。これは地獄だからそういうことなのだと。だから仏教の言葉の真理はそこにあるのです。「棒ほど願って針ほど叶う。」ということは「地獄にいるのですよ。」ということを言っているようなものです。
それでも人間は精一杯生きていかなくてはいけない、という教えをいただきながら、みんな曲がらずに今日まで来たから、それが仏教の大きな役割であったのだ、というように捉えれば、仏教も非常に大事な宗教だったのだという事になります。
そして現代では、お釈迦様の言葉では「一切の不幸の原因は無知だ。」ということが現代に一番ピッタリ当てはまるでしょ。やはり智慧があるほうがどんどん幸せになっていくから、不幸の原因は無知という事です。その無知の中には、今月は「健康でいたければ、一切病院に行くな」という、そういう医者が出て来た事が、知恵というものを持った人が、そういう医者が出てきたということです。その代表例が今回紹介した新潟大学の先生だというように組み立てていくと非常に良いと思います。
幽魂がなくなると、現魂も消える
参加者
地上天国になっていくと地獄は減ってなくなるということですか?
楳木代表
地獄は必要なくなってくるから、減ってくるだけだったら非常に簡単だけど、そこにいる魂が消滅してしまうのです。上がらなかったら。
地獄がなくなるということは、地獄在籍の魂が消えるという事です。
それが最後の審判の深刻な部分です。消えてしまうからです。幽魂がなくなると、現魂も消えてしまうので、存在自体がなくなるのです。
魂がなくなるということが一番恐いのです。地獄でもまだ地獄が存在すれば行くところがあるので良いけれど、行くところがなくなってしまうのです。消滅してしまうのです。だから今までは生まれ変わり死に変わりしているという安心感があったけれど、最後の審判が来ると、地獄在籍では生まれ変わりが出来なくなるのです。消滅したら消滅したままなのです。だから一段でも中有界へ上がっていく。そして中有界から天国へできるだけ上がりたいというのが我々の願望です。
それで一生懸命信仰をしているのです。そういうことを知らない人に、こういう現実的なことを話してあげるということが布教なっていくのです。
しかし、そのことを自分が知らなかったら話しようがないね。今日、そのことを知ったから、これから初めて信仰の意味がわかったということだね。そういうことが明確になるために、こうやってメシヤ教をやっているのだから、その願いに沿って今日は勉強が出来たと受け止めていただきたいと思います。
参加者
週1、2回の祈願参拝で相互浄霊をしている時に、お話しなきゃと思っていることを口にしてしまう事がまだあったのですが、年代不詳の御講話を拝読して改めてそんなことではいけないと思いました。
【御教え御 御講話 (年代不詳)】より
いうまでもなくこの治療は、霊的治療というもので、これだけを知っておくとよろしい。人間は霊(れい)と体(たい)でできている。霊というものは人間の形をしているゆえに、指なら指一本でも霊はある。
死ぬと霊界という別の世界に行くことになる。生きてると肉体は現界にいるが霊は霊界にいる。煙草吸ってると、肉体は娑婆にいて煙草を吸ってるが、霊界では霊界の煙草の霊を吸ってることになる。
死ぬということは霊が体をすてて霊界へ行くことである。肉体がなくなれば霊体はそのまま霊界へ行くこととなる。その原理から考えるとこの治療のことは判る。
万物一切は霊が主で体が従であり、目に見えぬものが指図をし、目に見えるものが動かされてる。目に見えぬものとは、世界や国家は神や仏が動かしてる。
今日はすべて科学で成り立ってる文明で、目に見えるものだけを元としている。もし科学で発見されたものだけとすれば、科学がだんだん新しいものを発見することは、判らぬものがまだたくさんあるということである。そういうわけで、霊が主で体が従であるゆえに、霊さえ治せば体は治ってしまう。私は霊的研究をして、それを土台としたから霊を治すことを知った。
霊を治すのはどういうわけかというと、元来病気は毒素が溜まって起こるものであって、毒素、あらゆるいっさいのものは固まる性質のものでひとり人間の毒素のみではない。土が固まって石になり、石が固まって金属になる。学問では地球から吹き出たというが、そんなことはない。鉱物が固まれば必ず金属になる。
ある程度固まるとそれは人間の新陳代謝に支障を来す。そこである程度固まると溶かして出そうとする働きが起こる。これを称して病気
という。
熱、痛み、咳など出ると苦痛だから、それを逃れんとする。苦痛によって免れると思えばいいが、それをわるいと思い間違えてきた。これが病気多生の原因である。このままにしておくと生命が危ないというので、氷で冷やしたり毒をのんだりした。それで浄化停止される。
苦痛は緩和される。その間違いを知らせなくてはならぬ。私は文章で知らせようとして間題になった。ゆえに口でしゃべって判らすより方法はない。この原理が判れば、病気は恐くないどころかありがたいものである。ゆえに風邪は神の恩恵だといっている。この恩恵を少しでもいただかなくてはならぬ。
霊体の曇ってる所は血が濁ってるとか固まりがある。一部の曇りではなく全体が曇ってる。全体の曇りとは全体の血が濁ってることである。始終浄化され、毒は一所へ固められる。それが病気である。
注射でも身体中へまわる。ゆえに身体中まわすと浄化力が弱る。それでチフスなどに罹(かか)らぬ。それでチフスは逃れるが、今度は赤痢などになる。だから、赤痢の次にはチフスが毎年交代にはやるのである。ちょうど窃盗を防いで強盗を入れるようなものである。
いったん身体へまわった毒が身体中のどこかへ、使う所へ集まる。女中などはよく手へくる、手を使わぬ者は足へくる。いまの人は十人中七、八人は足が痛い。人間は足を動かすからである。また、いまはホルモンの注射がはやってるので、足の痛む人が多い。
薬などは、霊体中には黒くなってる。毒素は霊的にいうと黒いもの……曇りである。この曇りをとるのは光である。人間の霊は光を持っていて、このことを霊衣という、薄い光が発光している。
霊体の中へ光を入れると光が身体中へまわって甦る。それ以外助かる道はない。ごく健康の人とか、心の良い人ほど光が強い、厚くなる。
私は観音様から光をいただいており、その光の伝達者である。観音様は光の仏様だから光明如来という。
御守りには光が滲み込んでる、それが手を通して出る。すぐに通ずる人と時間をおいて通ずる人がある。
この治療は話しながらやってはいけない、按摩のごとく体的療法になる。話すると霊は入っていない、話さぬことを原則としなくてはならぬ。必要以外の話は治療がすんでからすべきである。話しながらするのは一つの按摩になるので治り方がズッと違う。
(以下略)
楳木代表
まだその辺をウロウロしていたのでは困るけど、メシヤ教をはじめて十年も経ってからそんな事を言っているようでは困るけれど、しかし勉強になったのなら・・・。
参加者
まだ私たちは地獄にいるということですか?
楳木代表
地獄じゃないでしょ。だって良いことのほうが多いでしょ。中有界の中で、良いことと悪いことの割合を考えて。例えば、良いことが6で悪いことが4ならば中有界の下から40段位のところにいる、というように考えていけば、大体自分の霊界での位置がわかります。で、良いことが9割というならば第三天国のすぐ下のところくらいで、もうほとんど良いことばかりというならもうほとんど天国です。
参加者
その日によって違います。
楳木代表
その日によって違うならその日によって上がったり下ったりしているということだね。だからこの上がっているところを維持していくのが幸せになっていく道だということです。
参加者
自分は悪いことばかりと思うと悪い事ばかりが起きるから、最近は「私は幸せなのだ」と自分に言い聞かせています。仕事では腹の立つことはありますが、日常生活では「私は幸せだ」と言い聞かせている分、そのようになっているように思います。最近周りの人からも「最近よく幸せだね、と言っているね」と言われますが、それは良いことですか?
相手のために気持ちを膨らませ良きアドバイスを
楳木代表
それは良いことです。しかし、それは無理しているところがあるから。仕事では腹が立つことがあっても、その社員が「幸せになるように」と祈りながら、何とか工夫していくことが肝腎です。腹が立つということは相手の仕事が出来ていないという事だから、その人が「仕事が出来るようになりますように」と神様によくお祈りをして、何か良いアドバイスが出来ないかな、と考えるのです。すぐに口を開くと怒ったようになってしまうから、何か良いアドバイスが出来ないかな
と考えておいて、これだったら大丈夫だというものが自分の中に膨らんできたら、時を見てすっと言うのです。それが一番最後のところの『時』だから。それが今日もここで、「 真山氏 そうすると、他の宗教の教祖というのも神様の御教え、霊感を感じているに相違ないと思いますが、神様の意思が救世(メシヤ)教に集まるということならば他の教祖達が我々の宗教は終ったという事を考えないものでしょうか……。
明主(メシヤ)様 それは分りません。いずれは分りますが、やはり時です。」とおっしゃっています。
そうやって相手のために気持ちを膨らませたときに、時充ちてくると、そういう瞬間というのは自分でわかってくるから、そのときを見計らって、「こうすると良いよ」 とか「こうすると早くなるよ」 とかというような事を伝えると良いね。
化学物質の影響
楳木代表
来週から名古屋でCOP10が始まると、日本で一段とものの考え方がこれからまた変わってきます。例えば、赤とんぼが飛ばない原因を報道していたでしょ。赤とんぼが飛ばなくなったのはどうしてかというと、農薬の種類が変わったからです。農薬を田圃に水を張る前に根元に撒く、という形式の農薬になっているのです。そうすると散布しなくてもいいから。表向きは環境に影響を与えないと言ってます。しかし実質的にはそこにいる虫たちを全部殺してしまっているのです。
結果的に赤とんぼの幼虫が全くいなくなっているのです。昔散布しているときには幼虫は生きていたから、この時期に孵化することが出来たのです。しかし、根絶やしの農薬になってくるのです。
そういうものを食べていると、人間もみんな根絶やしになってしまうのです。だから男の人も若者の精子が半分以下に減ってしまっているから、「結婚しなくてもいい」と言う子ばかりになってしまっているのです。また、女の子も最初の子を流産することが多くなってきています。それだけ体の中に胎児を保つ力がなくなってきているという事です。これは根底には、先ず農薬、そして食品添加物、そして服用する薬や生活環境の化学物質があるということです。
今、テレビで問題になっていることは女性の更年期です。更年期の女性達が治療を受けてないという事を問題にして、治療を受けなさいという事をテレビでやっています。もうこれではみんな薬漬けにするという方向に動いています。更年期はごくごく当り前のことだから、その更年期を通して自分の生活を変えていかないといけないのに、生活を変えずに、「女性ホルモンを投与すれば、更年期の症状が軽くなる」と言って投与し続けたら、その次にはどうなるかということです。バランスが崩れてしまうわけだからね。そういう製薬会社やホルモン剤を作っている会社に言われて、みんなそちらのほうに傾いてしまっているのです。
現代人は痛い事に堪えられない
楳木代表
このことが、今回解説している「奴隷化現象」です。製薬会社の奴隷にさせられて、お金を吸い上げられているのです。だからパチンコ屋に行って、出ないとお金を1万とか、2万とか預金を崩して持ってきて、あるいは借金をするというのと同じ現象が体の中に起きているのです。これに一番目を醒ましてもらいたいです。痛い事に堪えられないですね、現代人は。しかし更年期は更年期として迎えない事には。
自分の体には生理もあがったと、これからはどういう人生を歩んでいかなくてはいけないのか、という精神生活を組み立てるという方向にみんなを導いてあげないといけないのに、楽にしていこう、とか、若さを保つ、とか。こんな事ばかりやっているから、人間としての存在がおかしくなっているという事を今回一番言いたかったことです。そういうことを参考にしていただきたいと思います。
最初から霊線が繋がっていた
参加者
先祖と霊線が繋がっているという御教えを拝読したのですが、結婚した場合は主人やその先祖とも繋がるという事ですか?
楳木代表
主人の方の霊線も細いながらも繋がっているから、赤い糸で結ばれているというのです。元々繋がっているから。
参加者
子供達には両方の親の霊線が繋がっていますが、将来結婚するであろう人とも繋がっているということですか?
楳木代表
でもそれは年頃にならないと見えてこないから。「ゲゲゲの女房」で最後の場面でそれを示したでしょ。「べとべとさん、先へお越し」と。あのときからもう出会っていた。最初から霊線が繋がっていたということ。完全に合った夫婦というのはそういうものだという事をあれで示しているのです。子供の頃から繋がっていると。
子供の躾
参加者
よく親の背中を見て子供は育つと言いますが、親がしっかりした事を見せていれば、細かな事を言わなくても、子供は理解し、いろいろ出来るようになりますか?
楳木代表
それは大体父親の背中の事だから。お母さんは言っていかないといけません。こまごまと。
参加者
最近行動が父親に似てきて、ちょっとしたウソを言ってみたり、誤魔化してみたり、やるときにはしっかりやって、ゆっくりするときにはゆっくりすれば良いのに、いつもダラダラしているのですが。
楳木代表
それは父親の背中を見ているから。
参加者
そういうことは口で言っていくしかないのですか?
楳木代表
そういうことは「駄目だよ!」と言っていくしかない。
参加者
自分も含めた親だと思っていたので、自分がしっかりすればわかってもらえるのか、と思っていましたが。
楳木代表
そんな甘いことでは駄目だね。
参加者
うるさいくらいに言っても良いですか?
楳木代表
はい。
参加者
ウソを言ったときにも叱って良いですか?
楳木代表
そのときに怒らなくて何時怒るの。ウソと人に迷惑をかけたときと自分のことをしないとき。そのときには怒らなくては。
参加者
最近反抗ばかりして、何も言う事を聞かないのですが。
楳木代表
それはそれで良いのです。その年代だから。
参加者
そのような態度をしていても、言い続けていれば良いですか?
楳木代表
そうです。
日本人は物がわかっていない
参加者
日本と中国の関係でいろいろ言われていますが、いかがでしょうか?
楳木代表
菅さんの支持率がすごく下っていくでしょ。日本人の今の思考は短絡的なのです。
要するに「毅然とした態度をとれ」というのであれば、核武装が後ろにないと毅然とした態度は出来ないでしょ。そういう人間は「核を保有して良い」という考え方のもとに言っているのだなという話になっていかないといけないのです。マスコミは。
それと同時にアメリカとの安保関係を強力にしていきたいという事を前面に出していかないと、毅然とした態度はとれないのだから。
そういう風にトータルで報道しないから、支持率は下ってしまうことが起きてしまうのです。
参加者
支持率は本当に民意を反映しているのですか?
楳木代表
支持率は無作為に電話をしているのだから。
しかし程度の低い民意が反映されているのです。弾道ミサイルが100基こっちへすぐに向く体制をとっている中国から非公式に「これ以上そんな状態であればあのミサイルの標準をそっちに向けますよ。」と政治家が言われる訳です。暗に。「台湾に向いているミサイルがあるでしょ。
それがどうなるか分りますよね。」という訳です。報道陣の居ないところで。
そしたら、それに立ち向かう事が出来るのかという事です。菅総理が。それに立ち向かうような総理大臣だったら、それこそ大変な総理でしょ。
だから、そんなところまでみんながわからないで、「毅然とした態度を」なんて平気で言うので、日本人は馬鹿にされてしまうのです。
参加者
では、トータルで考えると菅総理の判断は間違っていなかった、という事ですか?
楳木代表
苦渋の選択ですね。もっとひどいのは安倍内閣のときにそういうことが起こるということが見越されていたので、安倍内閣は対応策を整備しようとしていたのです。
そうしたらみんなが支持率を下げてしまった。参議院選挙で負けさせて。
日本人は物がわかっていないということの表れです。日本人がわかっていれば、安倍さんの政権方針をみんなで支持したはずなのです。
しかし、みんなが全然支持せずに、安倍さんのやっている事はタカ派だと言って支持されなかったのです。その程度の国民であるということを今回も露呈しているのです。
参加者
日本政府は国民を守ってくれないと言うよりも、その前に国民が‥。
楳木代表
ものがわかっていなかったのです。勉強不足です。無知。だからノーベル賞選考者の偉いのは、中国人にノーベル平和賞を決定したということです。
最も素晴らしいです。それだけノーベル賞という存在に対する、世界的な認知力があるのと、自分達がそういう責任をもってやっているということの表れとして、どんな反対があろうとも平和賞を渡すという事です。
あれは日本国民全員が見習わなければならない。菅総理がいくら勉強しても駄目なのです。国民の程度が低いようでは。
参加者
病院で検査ばかりしていると体が弱るというのは本当だと思いました。
近くの人でそういう人が居ました。
楳木代表
CT検査で受ける放射線は、レントゲン検査の数百倍も被爆しているのです。
参加者
私はこの前、7年ぶりにレントゲンの検査をしてしまいましたが‥。
楳木代表
CTでは何倍もの放射線を全身の断片に当てていくのです。それを当てないとわからないから。
参加者
私は一年に一回は会社の検診でレントゲン検査をしていますが。
楳木代表
会社ではやらなくては仕方がないけれど、自分から進んで受けるものではありません。
参加者
胃の検査をするとレントゲンは何枚も撮るので恐いので、胃カメラのほうが良いのかなと思って胃の検査の時にはそうしていたのですが。
楳木代表
出来ればしないほうが良いです。そのことを今回解説で紹介したのです。
ねずみ来るべからず
参加者
家の畑にねずみが来て、折角育ったサツマイモを食べられてしまいました。
楳木代表
そういえば、今月お蔭話がありました。モグラが出て困るので、【モグラ来るべからず】と書いて貼ったら来なくなったと。だから【ねずみ来るべからず】と書いて置いてみれば、ねずみも来なくなるよ。
参加者
家の周りには野良猫がたくさんいて、よく来るので【猫来るべからず】と書いてみます。
楳木代表
猫が来たときには、ムチみたいのを持って、追いかければ。猫には怒らんといかんよ。猫は図々しいから怒らないと。
最後に、10月は神無月といいます。これはいつもお話しているようにどの神様がいないのかというと、三千年前に日本を征服した神様達が日本を離れて故郷に帰っているという月が10月ですから、そういう覇権主義から打破して本来の徳によってこの世を治めていくということを作り出すきっかけの月になります。それが10月なのだと。
10月は御神業がより進展する月になりますので、その点を肚にいれて日常生活を送っていただいて、何事も御神業としてお励みいただけると大変有難いと思います。それをお願いして、終らせていただきたいと思います。
[メシヤ講座no.117浜松支部 2010(平成22)年10月]