メシヤ講座no.170三重(平成27年3月)

<今月の御教え>

「『文明の創造』宗教篇 観世音菩薩」(文創  昭和二十七年)
本文は『文明の創造』326ページに記載されています。

 

【メシヤ講座 三重支部】

『観世音菩薩』を拝読して

楳木代表

現在私たちはこの『文明の創造』の『宗教改革』の根幹部分をズッと拝読させていただいておりますが、本日拝読の『観世音菩薩』の冒頭

『前項迄に、観世音に就(つい)ての因縁を、色々な面から説いて来たが』

この色々な面からすると前項までの御教えをもう一度振り返っていただきたいと思います。それで322頁の『伊都能売神』の神様のところを見ていきますと、

『処が其(その)頃素盞嗚(すさのお)尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売(いずのめ)神の地位を狙って犯さうとしたが、容易に応諾されない為威圧や迫害等から進んで、遂に生命に迄も及んで来たので、急遽(きゅうきょ)御位(みくらい)を棄てられ、変身によって眼を外らし、窃(ひそ)かに日本を脱出し、支那(シナ)を通って印度(インド)へ落ち延び給ふたのである。』

これが実は『三千年来の罪穢れ』の根本でありますので、私たちは日常生活の中で職場であろうが家庭であろうが様々なことで威圧や迫害によって事を治めようとした場合は、『三千年来の罪穢れ』がまだ続いていると判断していかないといけません。それを切り替えていくということが私たちの御神業であるわけです。

 

本筋の御神業に臨ませていただこう

楳木代表

ところが皆様方が以前所属していた○○教団も教団改革に立ち上がったのですけども最後は威圧や迫害によって事を治めようという事を進めてしまったためにまた『三千年来の罪穢れ』の方へ引っ張られてしまったということです。

ですから支部長代理を中心にメシヤ様が本来進められようとした『本筋の御神業』に臨ませていただこう、ということで、三重支部を立ち上げたということです。

ですからこの御教えを拝読させていただければいただくほど「三重支部を立ち上げた理由はここにあるのだ」ということを、いつも私たちが信仰する原点・・・、焦点をここに当てておいていただきたいと思います。

職場や家庭で仮にこういう威圧や迫害が出た時には〝このままではまだ当面『夜の時代』だ″と判断していかないといけませんので、どこからか切り替えていくようにしていただきたいと思います。

天照天皇様が世に出て『夜昼転換』が行われた

楳木代表

それを最初に確認させていただいて、もう一度『観世音菩薩』というところへ帰りますが、今日(こんにち)日本人が殆ど認識していないことをメシヤ様が明確に述べてくださっておりますのが、長男が伊都能売神皇(いずのめしんのう)であり、次男が天照天皇であり、三男が神素盞鳴尊(かむすさのおのみこと)であるという関係を、メシヤ様がいろんなところでお話して来られたことを『文明の創造』で明確にお示しくださっておられるということを、しっかり確認させていただきたいと思います。

そして日本人は凡そ天照天皇様の御存在を知りませんので、こうしたことを一つ一つ心を許せる人には話をしながら進めていっていただきたいと思います。

そうしないと『夜昼転換』の意味がさっぱりとわかってきません。『夜昼転換』はこの天照天皇をメシヤ様がお迎えされたことによって行われたわけです。

ここでは、メシヤ様は、天照天皇について『此(この)天皇は惜しくも、何の理由もなく俄(にわ)かに崩御(ほうぎょ)され給ふた』と書かれていますが、崩御された理由というのは明確には書かれておりませんが後ろの方に、『素尊は日本の統治権を得んとして余りに焦り、目的の為に手段を択(えら)ばず式で、力の政治を行った結果、人心は紊(みだ)れ、収拾すべからざるに至った』とお書きになられております。『手段を択ばず』ということは素尊が殺したということが類推できます。

以前「メシヤ講座・特選集」の『神界通信』の中で書いておりますが、〝素尊が毒殺したのだ″ということを神様から教えられておりますが、メシヤ様はこのようにボカしてお書きになっておられますので、こうしたところもお汲み取りいただきながら拝読していただきたいと思います。

天照天皇様が皇位にお就きになられた期間は短期間でしたので・・・天照天皇様が世の中に出てこられることによって『夜昼転換』が行われたのだというように解釈をさせていただければ良いのではないかな、と思います。

 

観世音菩薩と観自在菩薩の違い

楳木代表

話は飛びますが、最終ページの332ページに行きますと伊都能売神皇様が、『印度(インド)滞在中は、自在天の世を客観してゐたので観自在といひ、今度は音姫の世を静観する事となったので、観世音と名付けられたのである。』と書かれておりますので、ここで〝観世音菩薩と観自在菩薩の違いはここにあるのだ″ということを明確に理解させていただくことができるのではないかなと思います。

『菩薩は、南支那(シナ)地方民に教(おしえ)を垂れ給ふた処、何しろ徳高き菩薩の事とて、四隣の民草は親を慕ふが如く追々寄り集ふ有様で、此(この)時から観音信仰は遂に支那(シナ)全土にまで行き渡ったのである。』

これについて、中国人の方で非常に強い観音信仰を持っておられる方がおりますが、〝その理由はここにある″と受け止めておいていただきたいと思います。

『処が御年も重ね給ひ、之迄で経綸も略々(ほぼ)成し遂げられた事とて、遂に此(この)土地で終焉(しゅうえん)され給ふたのである。そうして今日と雖(いえど)も支那(シナ)全土即ち満州、蒙古、西蔵(チベット)辺(あたり)に到る迄観音信仰のみは、依然として衰へを見せないのは深い理由のある事であって、之も追々説くが、茲(ここ)で遺憾な事は、南支地方に観音の遺跡がありそうなものだが、全然無いのは、全く其(その)地方が幾度となく、兵火に見舞はれ、地上にある凡(あら)ゆるものが消滅した結果で亦(また)止むを得ないのである。』

やはりメシヤ様は『遺跡がありそうなものだが』とお書きになられておりますので、本来の「世界救世(メシヤ)教」が復興した後は〝その遺跡を見つけていきたい″という大きな目標を掲げておきたいと思います。

 

「薬は病気を治す事が出来ない」という薬剤師の意見

 

乙姫が日本にまで影響をこの時代及ぼした時に薬も一気に広がって行きましたが、最近○○市の薬剤師の会合の話題を漏れ聞いたのですが、薬剤師の共通意見としては「薬は病気を治す事が出来ない」と自信を持ってそのように言っているらしいです。「症状を緩和したような錯覚を与えることは薬には出来るが病気を治すのは自分の身体だ」ということらしいです。それではどうして薬を売るのかと言いますと、「経済活動である」ということです。

病院へ行って緊急性のある薬を使用する場合は命を繋ぐために必要な事も病院上はあるでしょうが、後の不要な何種類もの薬は経済活動として飲んでいるということになります。

そのように理解していただきたいと思います。そのくらい割り切らないと我々の溜飲が下がりません。

 

受講者

経済活動で副作用が出てしまいますね。

 

楳木代表

そうなのです。その副作用を作るのも経済活動だと言えます。

次の薬を売ることに繋がりますからね。ですから経済活動を円滑にするために余分に薬を出してグルグル回しているのが現在の医療活動の一場面であるわけです。

ですから命を救うために必要な薬や怪我から救ったりするなどの時には役立つことは大いにありますが、およその病気に関しては経済活動でやっていると捉えた方が良いと思います。

 

腸内細菌について

 

楳木代表

その点3月3日にも触れましたが、腸内細菌の特集を結構やっているみたいですね。

5年前から東大が中心になって腸内細菌が我々の体にとって非常に大事なものであるという事を認識して研究が始まって今いろんなことが分かりつつあります。

人間が出来てくる前遥か昔、最初に肉体を持った生物が生まれた時はミミズみたいな状態でした。ミミズというのは腸だけなのです。その腸の先に脳や頭ができて、付いているところが手になったり足になったり複雑な生き物にだんだんなってきたわけです。

この腸というのは一番生物の原体というところがあります。そこが健康でなければあらゆるものが健康であることが出来ないと言えます。そのように腸の機能が非常に見直されてきているところであります。

それではその腸の菌が何を食べて増えているのかと言いますと、野菜の繊維を食べているということが分かってきているそうです。ですから繊維質のものをいつも食べないといけないということはこの良い菌を腸の中に温存しておかないといけないという面もあるためです。

今日も御神前にお供えされた野菜が主張していますね。「どうよ。」ってね。(笑い)

野菜というのが人間の体にいかに力を与えているかということがそういう研究が進むと更に分かってくるのではないかなと思います

しかし、一方ではこの腸内細菌が少なくなっている人もいらして変調を生んでいると言われています。それではどうしてこの腸内細菌が減るのかと言いますと、これはもう添加物なのです。防腐剤をはじめとして菌を殺すものが入っているわけですから。それが体内に入ってくれば菌を殺していくわ

 

お酒にしても発酵というのは菌で発酵していくわけですのでそれを止めるということは菌を殺すということになってきます。醸造アルコールが入っていればそれを飲み過ぎれば菌は減少していくわけです。血圧とか様々な効果があるといわれるワインにしても酸化防止剤が入っていれば片方には良いかもしれませんが腸内細菌にとっては困った問題になるわけです。お菓子を食べても殆ど防腐剤が入っておりますので賞味期限の長いものを食べれば食べるほど危険なものが我々の体の中に入っていくのです。そしてそれが〝腸内細菌を殺していく″と判断していかないといけないのではないかなと思います。

 

「八尾屋通信」について

楳木代表

その点においては添加物の入ってないものを食していくということを目指して「八尾屋」さんが中心になって取り組んで行くことになりました。「八尾屋通信」みたいな形で発信してきたいと思います。

科学者達によって腸内細菌がインスリンに影響を与えるというところまで解ってきているわけですので、糖尿病も腸を整えていけば治っていくということがわかってきています。

健康な人の便を薄めて患者の腸へ入れてやると糖尿病が治るという事例が出てきているらしいです。今までの概念を全く覆したような研究を東大はやっているのですね。その研究成果を参考にさせていただいて、人間の生態の原理が分かってくれば浄化の原理も有機化学的に説明できるようになってきます。

胎児の時は無菌状態で育って胎外へ出ると菌に触れ始めるのですが。最初は消化器には菌が入っていませんので、菌を入れてやらないといけません。菌を入れるには口移しで入れるしかないので・・・。

 

受講者

今の若い人には難しいと思います。

 

楳木代表

だから今の若い人は愚かになっているのです。東大の教授の論に基づいて話してやるべきです。

服部正平教授や赤座英之東大客員教授などの人達が研究して分かり始めているのです。菌は入れないといけないのです。

【服部 正平(はっとり まさひら、1950年 – )は日本の生命科学者、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。専門はゲノム生物学。ヒト21番染色体の全解読などに大きく貢献した。ヒト、チンパンジーのゲノム解析から微生物のゲノム解析へとシフトし、現在ではメタゲノム解析という新しい手法により主に腸内フローラ(腸内細菌叢)の解明に挑んでいる(Wikipedia:ウィキペディア最終更新 2014年12月6日 (土) 15:03)】

 

【腸内細菌叢とその構成:ヒトや動物の腸は、摂取した食餌を分解し吸収するための器官であるため、生物が生育するのに必要な栄養分が豊富な環境である。このため、体表面や泌尿生殖器などと比較して、腸内は種類と数の両方で、最も常在細菌が多い部位である。この多様な細菌群は、消化管内部で生存競争を繰り広げ、互いに排除したり共生関係を築きながら、一定のバランスが保たれた均衡状態にある生態系が作られる。このようにして作られた生態系を腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)と呼ぶ。なお、この系には細菌だけでなく酵母など菌類や、細菌に感染するファージなども混在してバランスを形成しているため、腸内常在微生物叢、腸内フローラ、腸内ミクロフローラなどという用語がより厳密ではあるが、一般にはこれらの細菌以外の微生物も含めて腸内細菌叢と呼ばれることが多い。ヒトや動物が摂取した食餌は、口、食道、胃を経て、十二指腸などの小腸上部に到達し、その後、宿主に栄養分を吸収されながら、大腸、直腸へと送り出される。このため、消化管の場所によって、その内容物に含まれる栄養分には違いが生じる。また消化管に送り込まれる酸素濃度が元々高くないのに加えて、腸管上部に生息する腸内細菌が呼吸することで酸素を消費するため、下部に進むほど腸管内の酸素濃度は低下し、大腸に至るころにはほとんど完全に嫌気性の環境になる。このように同じ宿主の腸管内でも、その部位によって栄養や酸素環境が異なるため、腸内細菌叢を構成する細菌の種類と比率は、その部位によって異なる。一般に小腸の上部では腸内細菌の数は少なく、呼吸と発酵の両方を行う通性嫌気性菌の占める割合が高いが、下部に向かうにつれて細菌数が増加し、また同時に酸素のない環境に特化した偏性嫌気性菌が主流になる。また、胆汁酸が界面活性剤として細菌の細胞膜を溶解する作用により小腸内や胆管での腸内細菌叢の形成を妨げている。毎日、合計で20-30gの胆汁酸が腸内に分泌され、分泌される胆汁酸の90%は回腸で能動輸送され再吸収され再利用され、腸管から肝臓や胆嚢に抱合胆汁酸が移動することを、腸肝循環と呼んでいる。殺菌作用のある胆汁酸が回腸でほとんど吸収されるため、腸内細菌は回腸以降の大腸を主な活動場所としている。ヒト糞便菌叢の年齢による変化:糞便1g中における菌の組成を示した。糞便菌叢の組成は大腸下部の腸内細菌叢の組成を反映している。「腸内細菌科ほか」に含まれるものの一部を除き、そのほとんどが偏性嫌気性菌である。大腸菌は腸内細菌科に含まれ、その菌数は糞便1gあたり100万個前後。これらの腸内細菌の組成には個人差が大きく、ヒトはそれぞれ自分だけの細菌叢を持っていると言われる。ただしその組成は不変ではなく、食餌内容や加齢など、宿主であるヒトのさまざまな変化によって細菌叢の組成もまた変化する。例えば、母乳で育てられている乳児と人工のミルクで育てられている乳児では、前者では、ビフィズス菌などのBifidobacterium属の細菌が最優勢で他の菌が極めて少なくなっているのに対して、後者ではビフィズス菌以外の菌も多く見られるようになる。このことが人工栄養児が母乳栄養児に比べて、細菌感染症や消化不良を起こしやすい理由の一つだと考えられている。

母乳栄養による乳児の死亡率の低下:死亡した乳児(新生児を除く)を対象として調査した結果(1957年東京都)によれば、母乳栄養、混合栄養、人工栄養の各栄養法による死亡率比は、成熟児については、ほぼ1:2:3、未熟児については、ほぼ1:2:4の値を示していた。 特にビフィズス菌は母乳栄養の糞便に多く存在する。正常な母乳栄養児のフローラはビフィズス菌が極めて優勢である。腸内のビフィズス菌を旺盛にするために母乳に多く含まれる乳糖やオリゴ糖などが有効である。ビフィズス菌は乳糖やオリゴ糖などを分解して乳酸や酢酸を産生して腸内のpHを顕著に低下させ、善玉菌として腸内の環境を整えるほか、花粉症などアレルギー症状の緩和にも貢献していることが分かってきた。乳幼児に多いロタウイルスによる感染性腸炎の抑制をする可能性が報告されている。(Wikipedia:ウィキペディア最終更新 2015年2月16日 (月) 16:13)】

 

楳木代表

「ピロリ菌みたいなのも入っているらしいですね。それはどうなのですか。」と質問を受けましたが、悪い菌には肉体が対応できる構造を持っているのです。必要に応じてピロリ菌も活動して浄化作用を起こすのだと思っておけば何も恐いものは無いのです。

いろんな情報が入ってきますが、我々の耳に入った時にはもう遅れた情報だということです。「英文で発表しているのを読んでいかないと最先端とは言えませんよ。」と学者に言われました。

話が広がりましたが、今回浦島太郎とか乙姫様の物語の実相を書いておられますのでこれはほとんどの日本人が知らない内容なのです。

 

神様の事は『人間が見て解る様なちょろこい仕組ではない』

受講者

『三男が神素盞嗚(すさのお)尊、長女が稚姫君(わかひめぎみ)命』となっていまして別の御教えに

『素盞嗚尊は非常に素行悪く、稚姫君尊と姦通した。二号、三号、四号も作ったらしい。

一方乙姫は夫の留守中、男性に飢えていた。そこへ浦島太郎が漂着して、非常に歓待を受けた。素盞嗚尊と稚姫君との間に関係がついて、日本に長くおれなくなり、朝鮮へ帰った。稚姫尊は恋しさに堪えられず、烏となって行って、それで之を祭ったのが丹波元伊勢の近くにある於加良洲明神といふ伝説があるが、之は根拠のない事ではない。』

というのがあります。近親相姦になってしまいます。

 

楳木代表

次の『彌勒(みろく)三会(さんえ)』では

『釈迦は稚姫(わかひめ)君命であり、阿彌陀(あみだ)は神素盞嗚(かむすさのお)尊である。』

と出てきますので、ですからね、

『大本教のお筆先に旨い事が書いてあるんですよ。「人間が見て解る様なちょろこい仕組ではない。神の奥には奥があり、その又奥に奥がある仕組である」』

ということなのです。

 

『大本教のお筆先に旨い事が書いてあるんですよ。「人間が見て解る様なちょろこい仕組ではない。神の奥には奥があり、その又奥に奥がある仕組である」という事がある。それから「神界が解らないと思う人は解りたるのであるぞよ」斯ういうのがあるんですね。それは何ういう訳かというと、人間的の考えで判断するのは、之が一番怖いんですね。兎に角人類を救う・・新しい文明世界を造るという位の非常に大きな深い仕組なんですね。だからして人間的の判断なんかで到底解るものではないです。そうかといって、それをはっきり言う事が出来ないですね。矢張り時代に・・時期に依りますからね。私は先から少し宛段々近い処を説く様にしてますが、まだまだ其深さというのは何処迄もありますからね。時期の進むに従って、説いていく訳ですね。だから人間は、奥の奥・・深い処、神秘な処を分りたいのは誰でもそうですが、それを分ろうと思ふ丈ならいいが、只上っ面の処で・・自分の小智小才を以って善悪を判断するというのが一番工合が悪いんですよ。それが又、分る様なら矢張り神様と同じなんだから、分らないのが当り前で、只素直に時期を待つという態度で居るのが一番良いんです。(御教え 救世11号昭和27年6月7日)』

 

受講者

『天照大神は、では自分の清い心も見せようと申され、胸に掛けた曲(まが)玉(たま)を外し』とありますが、古事記では八坂の勾玉、五百津美須磨琉(いおつみすまる)と出てきます。

 

楳木代表

要するに〝王権のシンボル″ということでしょうね。非常に興味深い内容がどんどん出てきますね。

 

『然らば其力の本源は一体何処にあるかというと、私の腹の中には、以前から知らしてある通り光の玉がある。此玉はそれまでは玉だけの力であったものが、昨年六月十五日、日本で昔から云われている処の麻邇(まに)の玉、又は五百津美須麻留(いおつみすまる)の玉、又は如意宝珠の玉である。玉とは魂であるから、其魂が右の日時に、静岡県清水庵原署の留置所内で、天から降下され、宿られ給うたのである。此事は其当時簡単に発表しておいたが、之を私は結実と曰(い)ったのである。それが段々育つに従って、玉の力も日に月に強力となりつつあるのである。之は其頃から浄霊の力が特に強化された事にみても、信者はよく分るであろう。(御教え『病原と浄霊の原理』地上天国二十七号  昭和二十六年八月二十五日)』

 

楳木代表

そうしたことを最初に確認させていただいて質疑応答に入りたいと思います。

 

質疑応答

受講者

熊野樟日命(くまぬくすひのみこと)という神様が出てきます。全集でも熊野樟日命(くまぬのくすひのみこと)となっておりますが、『主神様とメシヤ様』では観音講座で登場されるのですがこの時の御神名は熊津樟日尊(くまつくすびのみこと)となっています。

市杵島姫命(いちきしまびめのみこと)でも古事記では別名が狭依毘売命(さよりびめのみこと)と別名を持っていますので神様はお働きによって名前が変わるのだなあと思います。

 

受講者

それから『人口(じんこう)に膾灸(かいしゃ)』とありますが私は意味がわからなかったので調べました。

『「人口」というのは世の中の口とかうわさで、膾炙(かいしゃ)が、「膾(なます)と炙(あぶり肉、直火による焼き肉)はいずれも多くの人が喜んで食べることから、物事が多くの人の間で話題になり、もてはやされること(Wikipedia:ウィキペディア最終更新 2014年12月14日 (日) 07:43)」だそうです。

 

楳木代表

人口(ひとくち)に膾炙(かいしゃ)と読んだほうがわかり易いかも知れませんね。

 

受講者

そうですね。

 

受講者受講者

伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)様、伊邪那美尊(いざなみのみこと)様が御夫婦で日本をお生みになったということですが、天照大神様は天照天皇様の奥様ということですが、天照大神様はどこから来られた神様なのですか。

 

楳木代表

それはわからないね。結婚して日本の神様になったのですが、どこから来たのかはね。それに伊都能売神皇の奥様はどうだったのかはね。書かれていませんね。

 

受講者

伊都能売神皇は古事記では一回登場するだけですからね。独身の神様となっていたのでは?

 

楳木代表

ですから古事記ではほとんど分からないのです。神々のことを書いた本をいくら読んでも伊都能売神皇様のことはそう出てこないのです。

 

受講者

意味があって隠されていたのでしょうか。

 

楳木代表

というより、古事記というのは神武天皇以後に作り上げられた・・言い伝えを纏めたものですので、真実は隠されていると思います。

 

受講者

隠されてはいるけどもメシヤ様が取り上げられた内容は真実として捉えれば良いでしょうか。

 

『文明の創造』が広がってこそ〝人が救える″

楳木代表

ここの『文明の創造』で明らかにされたということですね。観音講座の中では皇室の不敬罪に注意して書かれておりますので、真実をぼかして書かれておられるところがおありになります。昭和27年になってそのようなことに気を使わなくて良くなりましたので、このように明確にお書きになられております。ですから後半に行けば行くほど驚くような内容が出てきます。

先日お亡くなりになられましたが、ある教団の元教会長が『文明の創造』を読んでいたそうです。手垢がつくほど読み込んでおられました。メシヤ講座を7年前から読んでおられたそうです。「御神格に基づいてメシヤ様とお呼びすべきだ。」と教団に訴え続けたそうです。

『文明の創造』が出たお陰で取り寄せてしっかりと読んでおられる方がいるということですので・・・書き込みの線と手垢で汚れた『文明の創造』を見た時に〝作ってよかったなあ″と思いました。

そして、『文明の創造』がもっともっと表に出ていかなければ『人を救う』ということにダイレクトに繋(つな)がって行きませんのでいろんな方法を検討しているところです。周囲から様々なアクションがありますので3月3日を起点に布教の体制を周りから作ってきているような感があります。

 

受講者

神界が変わってきたということでしょうか。

 

楳木代表

メシヤ様もきっと本祝典を開けなかったのが、小さい形からでもスタート出来ましたので、これを〝年々積み上げている″という噂が広まれば他教団もやり始めることでしょう。それぞれの教団が本祝典の記念行事とか記念大祭とか・・「我が教団こそ本祝典を行うに相応しい」と言ってくれても良いのです。

 

受講者

しかし、それには『メシヤ様』と御尊称申し上げなければいけないことだと思います。

 

楳木代表

そうなのです。そういう情報が入ってきたらそのことを確認していってだんだんだんだん認識を広めて行きたいと思います。そうすれば奇蹟が他の教団も増えてくることでしょう。

メシヤ教だけでなく他の教団も奇蹟に溢れて行くようになっていただきたいと思います。

良い形で〝スタートできそうだなあ″と思います。

〝世の中の問題解決の全ては『文明の創造』にある。″というような謳い文句でもっともっと『文明の創造』を普及して行けたら良いと思います。とにかく拝読して目覚める人が増えて行って欲しいと思います。そういう事が順調に行くようにお願いしながら進めさせていただきたいと思います。

それでは本日はこれで終わらせていただきます。

 

一同

ありがとうございました。

 

<来月の御教え>

「『文明の創造』宗教篇 弥勒三会」(文創  昭和二十七年)