メシヤ講座・特選集no.177(平成27年10月分)

メシヤ様 御書『神人の力』

メシヤ様 御書『神人の力』

<御教え>
『文明の創造』未定稿論文
基督(キリスト)教と善悪

(文創  昭和二十七年)

本文は『文明の創造』366ページに記載されています。(『文明の創造』購入方法は「出版案内」を参照ください。)なお、『基督(キリスト)教と善悪』は平成27年11月に拝読し学び合う御論文です。

同10月に学び合った『ミロクの世の実相』については、HPアップしている各支部の内容を併せて参照していただければ幸いです。

≪「メシヤ様御描画観音様入仏80周年記念大祭」挨拶≫
『文明の創造』拝読により最上級の詐欺から覚醒することが許される

メシヤ教代表 楳木和麿

皆様、おめでとうございます。

本日の「八十周年記念大祭」を天界から祝福してくださるような、非常に、晴天に恵まれまして、こうして信仰の厚い皆様方と共に祭典を執り行わせていただけましたことを、心から感謝を申し上げたいと思います。

一昨日、札幌に着いたのですが、到着後かなりの悪天候となりまして、夜は雷が轟いて突風もかなり吹きました。(札幌市在住の方も「これまで経験したことがないような雷の轟きで、窓ガラスが割れるのではないかと心配するくらいに突風の連続でした」と述べるほどのもので、言霊界が相当に浄められたと思われます。)そして天気予報では平地で10cm、山間部で30cm位雪が積もるということでしたので本日のことを心配しておりましたが、このような陽射しの中で祭典に臨ませていただけましたことを、心より観音様にお礼を申し上げたところであります。

さて、本日はこの地にメシヤ様御描画の観音様が御奉斎されて丁度八十周年となる目出度い記念日であります。この八十周年を迎える際に、札幌支部の高橋さんが観音様についていろいろ調査を始めて、今まで不明であったことを判らせていただきました。

まず、地崎宇三郎という方がメシヤ様のところへ観音様を申し込まれた経緯(いきさつ)については、今まで当時の大日本観音会の信者ではないということと、まだ北海道に信者さんが一人もいらっしゃらない時代にどうしてメシヤ様のところへ観音様を申し込まれたかということにつきましては、当時の教団の資料では不明だったわけですが、今回調べていただいたお蔭で地崎家と岡田家は遠縁に当たる親戚関係だったということが判明しました。

次に、地崎氏は観音運動を進めておられた、ということから、決して“メシヤ様の信者ではない”ということではない、ということのようです。そのためにどれだけの話のやり取りをされたかは判りませんが、「岡田」「地崎」と名前で呼び合った間柄であったようですので、当時の観音講座の内容全部を事細かく説明されたかどうかは判りませんが、“説明された上で観音様を御描画されたのではないかな”と思われるそうです。

しかしながら、この観音様は資料を見ていきますと、当時メシヤ様から『日之出観音』様と伝えられたという資料があるのですが、御姿自体はどう見ても『伊都能売観音』様なのです。その経緯(いきさつ)はどうであったかということは推測するしかないのですが、当時のメシヤ様のお付の方が「どうして日之出観音様と呼ばれるように御指示されたのですか」と「伊都能売観音様と同じお姿の観音様を御描画されたのですか」と聞いていただいて、一言メシヤ様から御垂示いただいておれば、私達の疑問も全く無かった訳ですけれども、どうも、そのあたりメシヤ様のお付の方々がハッキリとした資料を残されてはおりませんので、絵姿と名称がなぜ異なるのかということは未だもって不明のままであります。

「お詫びをしなくても救われる」という最上級?の詐欺

ところで、高橋さんが調べてくださった資料に目を通していきますと・・・、一昨日の雷で直ぐ私は目が覚めたのですが、明け方ウトウトした時に夢でこうして皆様方をお迎えするということで、皆様方がドンドン通るのを「よくいらっしゃいました」と、笑顔でお迎えしておりました。通り過ぎたあと昔の世界救世(きゅうせい)教のトップがツーと翻って、帰って行きまして、そしてお付の方々もいたのですが、その人達はなんと、「楳木が由仁の人達の声を聞かないので上に伝えなければならない」と車の中で言い立てたので、「なんと言うことをいうのだ」とその人達と掴み合いになりまして、そこでフッと目が覚めました。

“なんと嫌な夢を見たのだろう”と思っていたところ、昨日は由仁で勉強会を行いましたが、その場で「東方之光教団の信者さん方と会いましたら“薬を飲みながら浄霊をするのが今の時代に相応しいのだ”と胸を張って言っているので、その話を聞いて、世界救世(きゅうせい)教はおかしくなったのじゃないかなと思ったのですよ」と話してくださったのです。“ああ、あの夢は、この事を考えさせるために見たものか”ということと、高橋さんの資料によれば、故川合理事長が平成12年に芦別岳に行かれて、そして国常立尊様の御働きに関しては、「東方之光の経綸に働き尽くせば、どんな罪でも御許しいただける様になる」との新しい「国常立尊」様観を以て北海道信者へ取り次いだということでしたので、併せて考えさせられるために見たのだな、と受け止めました。

資料によれば「過ちに対し、反省し改心してお詫びをしなくても、東方之光の経綸に奉仕活動で尽くせば全て救われるとの想念姿勢は、現在の東方之光教団を取り巻く専従組織や信者達にその通り拡がっている実感が認められます。」ということでした。氏がそういうことを言うということ自体がおかしいのですけれども、その路線で今の東方之光教団は活動を進めておりますので、今の世の中を見ておりますと薬は蔓延しているどころか、添加物の入った食品が行き渡っているために日本人の二人に一人が癌に罹(かか)ってしまうという現状を迎えております。精神病も非常に多くなってきております。正に『最後の審判のふるいにかけられている』という状況を迎えております。

(下掲の「霊視報告」と挨拶の文字起こし奉仕を担った「三重支部」支部長代理の所感、大阪支部HPの「お詫びの御神業」と『医学革命』に関連する感染症参考資料を参照ください。これらを11月に学ぶ『基督(キリスト)教と善悪』に照らして考察すると理解が一段と深まるものと思います。)

そこで世界救世(メシヤ)教から世界救世(きゅうせい)教になった教団がメシヤ様の教えをきちんと取り次いで行くということを怠ったために、今のような非常に悲惨な事になっているということを強く感じます。

ですから、この「観音様の御名と御姿が違うということが何故か」ということがハッキリしないということ自体が、“私達の御神業をより一層『メシヤ様の進められようとなされた御神業』に近づけて進めさせていただかなくてはいけない”と強く思わせられる、そういう事象であろうかと思いながら夕べ高橋さんの資料を読んだところです。まだ原稿が完成しておりませんので、完成しましたら私の意見も入れて皆様方にお渡しできる日が来ることを願っております。

『これからは想念が大事』を実践する

それで11月で『文明の創造』の拝読は終了いたします。未定稿の原稿を最後に載せておりますので、それを拝読させていただいて『文明の創造』の拝読が終了して、ほぼこの『文明の創造』を私達の頭の中に叩き込んだ状態になっていると思います。(笑い)

笑った人は「そうだそうだ。」という笑いか、それとも「エヘッ?」という笑いかわからないですけれども、ズーッと学んで、そして確認をさせていただきましたので、地上天国建設の設計書としては、私達は一通り目を通して十分考えたということであります。しかしながら『ミロクの世の実相』を拝読しておりますと、現在の世の中とメシヤ様の示された理想像との間には大きな隔たりがあります。この隔たりを縮めていくためには、メシヤ様と御神縁の繋がりを許された私達がメシヤ様の御手足となって御神業を進めさせていただく以外にはない訳でありますので、本日はそういう力を観音様の八十周年記念大祭でいただけるようにお祈りをさせていただきました。

そして、私達の進める内容というのは『宗教改革』と『医学革命』でありますので、『宗教改革』については最近のメシヤ教に繋がってきた方々は、まず、仏壇を整えることからスタートしております。(残念ながらこの観音堂のお床は改装の時に観音様を中央に御奉斎するということは出来なかったのですけれども、私共の力不足で申し込んだことを実行していただくところまではいけませんでした。)信者さんとして御縁をいただく人はもちろん『浄霊力拝受』をいただいて、支部に繋がり始めた家庭の仏壇がまず整えられるというところから、御神業参画が許されておりますので、こうした仏教の成り立ちとそれから仏教が出来るまでの『夜の時代』が始まった内容というものを、自分達が確認しつつ宣べ伝えながら、『宗教改革』を今後進めさせていただきたいと思います。

その内容というのは三千年来あるいは九千年来の大きな流れですので、話は非常に大きいものになるのですけれども、具体的に進める内容はお一人お一人の先祖の祀り方をキチッとしていくということからのスタートであります。

そして、メシヤ様のお弟子でありながら、メシヤ様の御教え通りの先祖の祀り方をしていない教団が多いですので、そうしたところを、丁寧に丁寧にお世話をしながら改めさせていただくと同時に、どっぷりと薬毒に浸かった方々を薬毒から縁が切れるように、メシヤ様の掛け声であります『世界に知らせよ、薬禍薬害』に基づいて薬と縁がきれるように、あるいは食生活の中では、添加物の入っていないそういう食品を手にできるように、あるいは主食である米は農薬や化学肥料を使わない米でご飯を炊くことができるように、そういう人達を増やしていくという取り組みが日常のお世話になっていきます。こういう懇切丁寧なお世話をさせていただきながら大きい目標である『宗教改革』『医学革命』を進めつつ地上天国建設の御神業を進めさせていただきたいと思います。

最後になりますが、三重支部に後で渡しますが、『浄霊』の小冊子と『祈りの栞』の小冊子を合本にすべくゲラが出来上がってまいりました。その中には浄霊の順序、先達がメシヤ様から御垂示いただいた内容を纏めたものを参考にしながら、浄霊の順番の基本線を初心者向けに出しております。そして愈々信者さんになろうという人たちには、浄霊する場所をさらに深めていただくような御垂示を加えて製本しております。

また、メシヤ様が最終的には最も大事とされておりました『これからは想念が大事』ということでありますので、想念を日々正して行くためには御神体を御家庭に御奉斎させていただくということが不可欠になってきます。平成28年度からは、28という数字も非常に尊い数字になっていくのですが、平成28年度の2月4日からは入会者には必ず「御神体を申し込んでいただくということが入会の条件になる」ということをスタートさせていただきたいと思います。

そして、メシヤ様が私達に示してくださった内容を一つ一つ実現していける体制を今年中に整えさせていただいて、来年からはそれを力強く実現させていただきたいと思っておりますので、一層皆様方の信仰心を高めていただいて、メシヤ様の御手足にお一人お一人がならせていただけるように心を高めていただくことをお祈りさせていただき、祭典の挨拶とさせていただきたいと思います。外は陽が差して暖かいのですが、部屋の中はしんしんと冷えていますので話をこのくらいで締めたいと思います。

本日は全国からこのように大勢の方々が集まっていただきまして、八十周年記念大祭を無事執り行わせていただきましたことを重ねて心から感謝申し上げて挨拶とさせていただきます。

ありがとうございました。(要旨)

霊視報告(祭典時の浄霊)

松原出張所 高井成恵

本日は有り難うございました。御浄霊を戴いている間に霊視させて頂いた内容です。

凄まじ勢いでブーメランのような物体が飛び出しました。あるいはスピードのある鷹もしくは鷲かもしれません。

かなりのスピードなので静止した形が見て取れません。ただ怒りを帯びた感じがします。

やがて山が現れました。山から蒸気なのか煙なのか白いモヤモヤが幾筋も上がっています。

その山を覆うように白い大きな布がヒラヒラと飛んで来て山の頂上からスッボリと覆われてしまいました。

目の前に菱形の硬い物 ダイヤモンドだと思わされました。光輝いている訳ではありませんが、頭の中でダイヤモンドという単語が出て来ました。

以上でございます。有り難うございました。

文字起こしの奉仕を担わせていただいての所感

三重支部 支部長代理

数カ月ほど前より、疥癬の御浄化をいただき、今まで祭典や月次祭の頃には前浄化をいただくことはありましたが、仕事には影響を及ぼすことなく終了しておりました。今回の御浄化はキツくシツコく長引いておりまして、休職せざるを得ませんでした。

「よほど大きな御用が待っているのですよ。その御用を担う体にするために前世の罪穢れをとっていただいているのです。厳しいですが、楽しみですね。」と御指導賜り、大きな御用を担いメシヤ様のお役にたたせていただけますよう、現在は必死に御浄化に耐え忍んでいるところでございます。

そんな中、早速、伊都能売観音様入仏八十周年記念大祭代表挨拶のテープ起しの御用と、『浄霊』『祈りの栞』合本の校正の御用をいただき、作業をする中、感じさせていただきましたことをご報告させていただきます。

『メシヤ様という御存在』の項で「全てを救い助ける観音様のお働きと、正邪を立て別けていく国常立尊様のお働きを、同時になされてゆくのです。」と合本の中で代表が解説しております。

そこで、定山渓岩戸観音堂にお鎮まりの伊都能売観音様と芦別岳に隠退なされた国常立尊様は表裏一体であり、メシヤ様と御尊唱申し上げる想念に高まるまで、秘されていたのではないか。だからこそ、当時の本部の御神体になって居りました「日之出観音様」として御奉斎されているのではないか。と思わせていただきました。

国常立尊様について観音講座では『国常立尊は実に誠忠無比の神様で力のある神様で、余り厳格な神様故人民が窮屈になりし為、天之若彦命に排斥運動を起され、共鳴者が非常に多く、国常立尊は、日本の艮、北海道の芦別山に御隠退になられたのである。一方、伊都能売神様は、印度に下られ、観音になられたのである。【第三講座】「観世音の本体」(昭和十年八月五日)』と御教えくださっておられます。

この御教えによれば、人類すべての人に国常立尊様を芦別山に押し込めてしまった罪があるわけですので、お詫びをしなくて良い経綸などありえないと思います。

そのように考えますと、メシヤ教の重要な祭典であります「節分祭」と、想念を『伊都能売観音様』と『国常立尊様』に合わせて臨む『伊都能売観音様入仏記念祭』の祭典は深い関わりがあったことを初めてわからせていただきました。

代表が札幌で布教され、岩戸観音堂の重要性に気づかれ、以来祭典を積み重ねられたことが、平成の世となって、即ち「一八十(いわと)なる」世となって、メシヤ教が『文明の創造』発刊を許されたことに繋がったのではないでしょうか。所謂必然であったわけです。

世の中は「建物を支えるくいの工事のデータが流用される」という地中の杭という目に見えない箇所の不正が次々と明らかになり大騒ぎです。これからも、善悪の立て別けが顕著に表れてくるのではないでしょうか。

改めてメシヤ様を真っ直ぐに見つめて御神業に取り組まさせて戴かねばならない、と思わせていただきました。

お詫びの御神業

代表先生

このね、何段階か向上しないといけないかというのだけれども、実はある支部で、おじいちゃんの戒名が全く違う位牌を作って仏壇に祀っている家が・・・やっと違いが見つかったわけです。これは整えていかないといけないと思ったら、戒名が2つ出て来たと。お母さんが亡くなって仏壇の整理をしようということで取り組んでいたら、その違う方の戒名を書いて祀って御祈りをしていた、と。それが分かって「どうしよう」と話していたら、息子さんの奥さんが物凄い悪寒に襲われて、もう震えだしちゃったのです。その旦那が、お寺からもらってきた正しい方の戒名を御神前にお供えしてお参りしたら、その震えがピタッと収まったということがあったのです。

これは、悪寒と体中が痛くなったそうなので、おおよそ極寒地獄に近い所に在籍しているという証として起きていることなのだけれども、今まで親達はおそらく位牌が違う戒名を書いている位牌を置いたということは、おそらくそのおじいちゃんの代か、その前か、どこかその辺りでお寺と喧嘩しているということが言えると思うのですね。だからそのお寺がつけた戒名を蹴って、他のお寺でもう一つ戒名をつけてもらって、それで位牌を作ったというような背景があると思うのです。そうするとお坊さんをだますと6,7代祟るというふうに言われております。それから神官をだましても、神社を潰したとしても、それぐらい祟ると言われているので、お寺と喧嘩したということはそういうことが言えるわけです。ですからそのことを懸命に見直す中で正しい戒名が出て来たので、それをお供えしてお参りした瞬間に、その極寒地獄のような苦しみがサァーと溶けたと。ただそういう熱を発して極寒地獄のような状態になっているので、今節々が痛んでいるので、5日間ぐらいそんな状態が続いていたので、奥さんは激やせしてしまって、大変な状態になっていました。

そのお祈りをしてから食べられるようになってきているので、今少し体力が戻ってきているのですけれども、これはどういうことかというと、世界救世(きゅうせい)教時代に、メシヤ様は本来『メシヤ教に入信したらお寺のお布施の金額を上げなさい』というふうに教えているにもかかわらず、お布施を上げるとか上げないとかの問題じゃなくて仏壇を始末させている指導者達がいるということですね。これがこの現状を招いているということです。「みたまや」を作ったり「紫微宮」を作ったりしてですね、仏壇をどんどん無くしている御家庭が多いので、それが今の実相に反映しているということです。ですから間違った指導者達が地上天国建設を遅らせているということなので、そこに手を貸していたことをお詫びしていかないとね。本意ではなかったけれども、そこに手を貸してしまったのだからね、そのお詫びをしたのが最初の原稿でしょ?

参加者

あっ、あ~はい。

代表先生

最初に書いた原稿、「あの原稿を繰り返し読みなさい」と言っておいたでしょ?

参加者

はい。

*   *   *   *   *

感染症参考資料

昭和二十八年六月九日付 時事新報紙

肝心の時効かなくなる
危い素人診断
新薬ホルモン剤常用御注意

慶大医学部 西田敬教授

近頃の新聞や雑誌を手にとって目につくのは、病む人でなくてもまず薬の広告でしょう。けれどもその広告にうたわれた効能をいわゆる素人診断で適応症にあてはめ、家庭で簡単に用いるのは危険です。特にペニシリン、ストレプトマイシン、オーレオマイシンなどの抗生物質の薬やその他の新薬は、いい加減に使っていると病原菌に抵抗性が出来、肝心の時に効目がなくなったり、思いがけない結果を招く事があります。それでなくても人間の身体は適応性を持っているので、たとえばある期間ビタミン剤を連用していると、純粋な形のビタミンがどんどん補給されるので食物の中から苦労して消化吸収する必要がなくなり臓器の能力がだんだんにおとろえて来ます。同じことはホルモン剤にもいえる。

やたらとホルモン剤を服用することによって、体内での分泌能力がますます弱くなり薬の切れ目には以前よりも悪い結果になるだろうことは、学問的にとまでいわなくても常識で考えられることです。はっきりとした欠乏症状の現われた時に医師の指示を受けて用い治ったらやめるというケジメはどの薬についてもいえるわけです。予防の意味でなら薬にたよらず臓器自身の働きで、消化吸収または分泌をうながすよう、食事の注意から心掛けるのが本当でしょう。また一般に薬というと、目に見える効目(ききめ)を頼り熱が出れば解熱剤、頭が痛めば鎮痛剤と、その現われた症状だけをおさえつければなおったように思う人が多いようですがこれは間違いです。もともと身体はそのどこかに異状が起ると、熱や痛みその他の形をとってそれらと闘おうとする作用を持っているので、それぞれの症状にはそれ相当の理由があるのです。その原因もたしかめずにただ無闇とおさえつけてしまったのでは、かえって病状を悪化させることにもなるのは当然といえましょう。どうしても原因の分らない時とか、原因を探すよりさきに処置しなくては、生命に危険な高熱とか痛みでもない限り、薬はどこまでも原因に対して使うのが本当です。それにはまず医師の注意に従い、間違いのないよう実行するよう心掛けたいものです。